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第41話 どこまでいっても彼女は『彼女』なのだから


「責任、って」


 ロベリアは頬を引きつらせた。

 何の責任を取れというのだろうか、別に自分は王太子妃なのだから取り巻きのやったことなんて知ったことではない、と言い切ればそれだけでいい。それだけでいいはずなのに、ナディスの迫力があまりにもすごすぎて何も言葉を発することが出来なかった。


「責任ですわ。だって貴女がいちいち煽ってこなければ、そこのご令嬢たちはわたくしに対して何かしらもしなかった、違います?」


 扇を口元に持っていったナディスはジト目でロベリアを見つめる。


「う、ぐ」

「一体何年前から言っているか、というレベルでございますが……」


 呆れたような眼差しを向けつつ、ナディスは一歩、ロベリアとの距離を詰めてからつらつらと言葉を続けた。


「まず、何度でも申し上げます。こちらは、王太子殿下に対して何の興味もございませんし、恋愛感情だって抱く必要はありません。だって、わたくしには愛しき婚約者がおりますので」

「それは」


「何だって!?」


 うわ出てきた、とナディスは小さな声で呟く。

 婚約者がいる、と何度もミハエルには伝えているはずなのに、ミハエルは凝りもせずにナディスに対して恋心を抱いております、ととてつもない自己主張をしてきている。

 そもそも婚約者がいるにも関わらず、というか、ミハエルにはロベリアという婚約者がいるし、ナディスには大好きで仕方ないベリエルがいる。


 しかも、ナディスとベリエルに至っては時間があれば手紙のやり取りをしつつ、魔道具を使って音声通話までしているからナディスはいつもご機嫌だしミハエルに興味の欠片も持ち得るわけがない。


 そうだとしても、ミハエルは何故だか必死にナディスに対して隙あらば告白をしているのは何故なのか。


「……未だ、何か御用でして?」

「どうしてナディスはいつまでもグロウ王国の王太子と婚約したままなのだ!」

「そりゃまぁ我が国とグロウ王国の間で『互いに利益があるから』と判断されたからですが」


 真顔でしれっと告げるナディスの言葉に、ミハエルはとてつもなくショックを受けている。別にショックを受けなくてもミハエルには婚約者がいるというのに、ナディスにいちいち声をかけてくる理由が見当たらない。


「あの……殿下、一つ伺いますが」

「何だ」


 ナディスに話しかけられて嬉しいらしいミハエルは、ぱっと顔を輝かせてナディスとの距離を詰めたのだが、ナディスにかけられている防御魔法が自動で発動し、一定の距離を超えた瞬間、ミハエルの体に電撃が走った。


「うわぁ!」

「……常日頃、不用意に近づくな、ってお伝えしておりますけれど……毎回懲りずにお馬鹿な人ですこと」

「ミハエル様!」


 きゃあ! と悲鳴が上がるが、ナディスだけはケロッとしている。

 ミハエルがいつものことながらナディスにいちいち近付いてくるから、ツテヴウェにお願いして一定の距離内にミハエルが入れば防御反応として相手に電撃が走るようになっている。

 近づくな、と毎回注意しているにもかかわらず同じことをするのだから、馬鹿だなぁ……とナディスはいつも思っていたのだが、まさかこんな場所でもやらかすと思ってはいなかった。


<ツテヴウェ>

<おう>

<この人、飽きないわよね>

<馬鹿は死んでも直らない、って言葉が人間界にあるじゃん? それだろ>

<まぁ……これ以上に入るとベリエル様からのプレゼントが反応しますけれど>

<ああ>


 そんなもんあったなー、とツテヴウェはナディスと念話で会話をしながら頬を引きつらせる。

 でも、うっかりやらかしてくれないかなー、とツテヴウェやナディスが思っているのも事実。


「な、ナディス……どうして、俺にいつもいつもこんなことを……!」

「どうして、って……。わたくし、学園卒業後にはグロウ王国に行くつもりですし、あちらで結婚式を挙げるつもりですし、そもそもベリエル様という大切で愛しいお方がいらっしゃるので、近づくな、と申しているだけですが」


 そこそこの長々した文句を言いよどむこともなくさらっと言い切ったナディスは、至って冷静。ついでに、ジト目なので迫力も倍増している。

 目尻の少し吊り上がっているナディスが凄めば、相当な迫力も持ち合わせているうえに、あまりに淡々としているものだからその場にいる全員が無言で注目している。


「が、学園の、友人として」

「低レベルの友人はいらないです」

「以前、あの、王太子妃候補として」

「さっさと候補を下りたではありませんか、お忘れ?」


 ほいほいと出てくる追撃に、ミハエルはぐったりとしている。

 そして、ナディスは最近グロウ王国に顔を出している方が多いものだから、こちらの国の社交界事情にはすっかり疎くなっていたので、自分の

悪評に関しては興味の欠片すら抱いていなかった。

 そもそも、興味がなかった、という方が正しい。


「え……ナディス様って、王太子殿下のことが忘れられないから、社交界に顔出しできないとか……」

「本当は違いましたの!?」

「違うどころか、そもそもこちらの社交界に出ていないから、出す出さない、という問題でもないと言いますか」


 ひそひそ、クスクス、と笑い声などが広がっていく。


「……」

「っ!」


 ロベリアもミハエルも、ぐっと押し黙ってしまう。

 ナディス自身、執着する気持ちが分からないわけではないが、今のナディスにとってはミハエルは執着する価値すらない男。

 ロベリアに関しては、更にどうでも良い。


「さて、この場をどう収めるのかしかと見届けさせていただきましょうか」

「……何ですって……?」

「だって、人のことを可哀想だのなんだの、好き勝手言ってくれたじゃありませんか。喧嘩売っているならこの場で買いますけれど」

「な!?」


 なお、ナディスの喧嘩を買う=徹底的に叩き潰す、である。

 前回の人生で、ロベリアが現れるまでは、ミハエルに声をかけただけの令嬢に関しても家ごと叩き潰さんばかりの勢いで相手を叩きのめしていた。

 だから、今回もそうしようと思ったが、さすがにロベリアが王太子妃になっているから、家ごと潰すことはできないがとりあえず口では負ける気はしていない。

 最終的に、ベリエルに泣きつこうかと思っていたが、それをやるとこの国ごと潰しかねないのがベリエルだ。

 何せ彼がナディスをとんでもなく溺愛しているから、ナディスが『お願いしますわ』とちょっと可愛らしく言うだけで、にこにこしながら駆けつけてくる始末。


「(とはいえ、ベリエル様の御手を煩わせるわけにはいかないし……どうしてくれましょうか)」

<姫さんよ>


 ナディスがうんうん唸りながら考えていると、不意にツテヴウェが話しかけてきた。

 はて、何があるのかと問いかけてみれば、驚きの言葉が返ってくる。


<何か、ベリエルがこっち来るって>


「…………え?」


 ついうっかり口から出てしまった言葉に、ミハエルやロベリアはすぐに反応した。


「何よ」

「ナディス、一体どうしたんだ」


 この二人にいちいち言わなくても良いかな、と思ったが、今のベリエルを改めて見せてから心を叩き折ってやればいいかなとも思うナディス。

 いや、むしろそうした方がこの二人にとってはいい薬になるのでは……とハッと思い至ったので、いつになく上機嫌でにこりと微笑んだ。


「わたくしの大切なお方が、今度こちらに来るということを思い出しまして。……お会いになりたければ、どうぞ」


 特にミハエル殿下、と付け加えれば、ミハエルはぱっと顔を輝かせたが、ロベリアはロベリアでニヤリと笑う。

 大方、隙あらば奪ってやろうと思っているのだろうが、それはあり得ない、だってベリエルの好みと見事にかけ離れているのだから。そして、現実を叩き潰してやろうと改めて決意し、再びぱらりと扇を開いた。


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