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第42話 現実を突きつける


「ベリエル様!」


 自宅に帰り、いつもの通話時間になればナディスはうきうきとした様子で通信魔道具に向かい合う。


『やぁ、俺のナディス。元気だったかい?』

「はい、ベリエル様もお元気そうで嬉しく思いますわ!」

『ふふ、昨日ぶりだけど……やはりナディスの声が聞けると元気になれる』


「(好き!!!!!!!!!!!!!)」


 映像が送り届けられてない、と理解しているから、ナディスはぐっと己の胸元をぐっと掴んだ。

 なお、ツテヴウェは諸々全て見ている。

 見ているうえで、この人何やってんだ……とあきれ顔を向けているものの、楽しそうにしているからまぁいいか、と考えていたがナディスがぶっ倒れでもしたら支える準備は出来ている。


「あ、あの……ベリエル様、いきなり、そのような嬉しいことを仰っていただけると、わ、わたくし」

『何?』

「……嬉しくて、死んでしまいそうです……」


 とてもか細い声で呟いたナディスの声は決して聴き洩らさなかったベリエルは、魔道具の向こうでふふ、と笑う。

 ナディスが年上なのに、本当に可愛くて仕方ない。この人が自分の妃になるのだ、と思えば心から嬉しくなってくる。ふわふわと気持ちが高揚していくような感覚すら覚えるのだ。


『死なれちゃ困るな、だって俺はナディスと結婚できていないんだから』

「生きます!!!!!!!!!!!」

『うん、良いお返事だ。大好きだよナディス』


「(ひえ……)」


 婚約した頃から言えば、ナディスもそうだがベリエルもしっかり成長している。

 つまり、あの頃がっつりと告白されてすっかりベリエルに骨抜きにされてしまったナディスだったが、成長している、イコール、ベリエルの色気もカッコよさも何もかも爆上がりしているのだ。

 ベリエル曰く、俺のナディスだってめちゃくちゃ美人になっているから俺の理性がやばい、らしいのだがナディス自身はこれっぽっちだって意識していなかったりする。


 サラサラで艶やかな金髪は、太陽にあたるとまるで黄金の糸のように輝き、肌は日に当たったとしてもあまり日焼けをしないという体質に加え、常に侍女が日傘をさしてくれているので、そもそもほぼ日焼けをしない。

 爪は綺麗に形を整えられ、肌の手入れは入浴のたびに徹底的に磨かれているし、化粧がほぼいらないほどの肌の綺麗さ。とりあえず、でパウダーを乗せつつ口紅を『まぁこんなもんか』程度に引いている。

 目は少し吊り上がっているが、前回のようにけばけばしい化粧ではないため、ちょっとだけ表情が怖いご令嬢、でとどまっている。


「……ベリエル様」

『何?』

「わ、わたくしだって」

『うん?』

「わたくしだってベリエル様のことを、お、お慕いして、おります!」

『…………』

「……あれ?」


 どうしよう、もしかして気を悪くさせてしまったのだろうか、とオロオロしているナディス。ここだけ見ると年相応なのだが、普段は雰囲気も相まって『氷結の薔薇』という、嬉しいような何ともいえない呼び名があったりするのだがナディス本人とベリエルは実のことろ気付いていない。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「なぁ、俺の将来の妻がとっても可愛いんだが、今すぐさらいに行っても良いだろうか」

「殿下、差し出がましいようですが」

「ん?」


 ベリエルの側近は、ごほん、と咳ばらいをしてからすっと通信魔道具を指さした。


「何だ」

「この会話、筒抜けでございますが」

「え?」


『……ベリエルさま……』


「ナディス!?」


 今にも死にそうなか細い声で、何やら助けを求めるように呼ばれて、ベリエルは慌ててナディスの名前を呼んだ。


『あの……嬉しいのですが……そ、その……あう』


「な、可愛いだろう?」

「殿下、そういうところですって」


 なお、このやりとりは割と日常茶飯事なので、ベリエルの側近も慣れてしまっている。

 ナディスの専属侍女だって『まぁ、お嬢様がお幸せなようですので、それでいいです。ええ』と達観した返事を寄越している。


 ツテヴウェは『姫さんがご乱心』と呟くだけだが、結構かいがいしくナディスの世話をしているのはナディスと専属契約しているからなのだろう。


「だがしかし、ナディスが可愛いのは周知の事実!」

「殿下がそうおっしゃる度にナディス様が通信機の向こうでぶっ倒れておりませんかね」


「…………あ」


 今回もまた、バターン! と聞こえてきている。

 そしてオマケと言わんばかりに『ナディス様ああああああ!!』という聞きなれたナディスの専属侍女の悲鳴。


「またやってしまった……」


 そう呟くベリエルだったが、ナディスとしっかり婚約もしていて、学園を卒業すると同時にグロウ王国へと嫁いていくことが既に決定している。ナディスの王太子妃教育に関しては、グロウ王国の王太子妃教育係にも『素晴らしいご令嬢!』と称賛されているのだ。

 しかも、転移ゲートを上手く利用しての王太子妃教育を受けて、学園には祖国で通う。

 この二束のわらじをしっかりと履きこなしたナディスは、グロウ王国での評価もぴか一。


「ナディスもそろそろ俺に愛されるということを慣れてくれないものか……」

「では、しばらくお泊りでもしていただければ」

「は?」

「ナディス様が、こちらの国にて」

「それはいい!」


『ベリエル様お待ちになってぇぇぇぇ!!』


 やはり通信が繋がっていることをうっかり忘れていたベリエルと側近は、ナディスの悲鳴に我に返るのだが時すでに遅し。

 ナディスの部屋では、ナディスがこの後卒倒し、ツテヴウェがこっそり人型になって介抱したり、ナディス専属の侍女を猫の姿になって呼びに走ったりしたのだが、この間のやりとりも実はグロウ王国側に伝わっていたため、またナディスのことを心配するベリエルの言葉が飛び交ったりと色々したのだが、どうにか元に戻ったナディスとベリエルはようやくここで普通の会話がどうにかこうにかできたのであった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「……と、いうわけです」


 あっはっは、と笑いながら言うベリエルの膝の上にナディスが座らされている。

 なお、ナディスの顔色は真っ赤になっており、恥ずかしそうにぷるぷると震えているが、ナディスのことを膝に乗せているベリエルはとてつもなく上機嫌。

 婚約者のことが可愛いという噂は本当だったのか……とカーディフ王国側の役人たちは感心している。

 ついでに、『あのヴェルヴェディア公爵家令嬢が……恥ずかしがっている!』とざわついているのだが、ベリエルは一切気にしていない様子でにこにこと笑いながら言葉を続けた。


「さて……無駄な言いがかりをつけてくれたミハエル殿下、何か文句はあるかな?」

「くっ!」


 どうしてベリエルがカーディフ王国にいるのか。

 理由はたった一つ。

 未だにナディスがミハエルから結婚を迫られているから、助けてほしい、とナディスからヘルプが入ったのだ。


「いやはや、どうして未だミハエル殿下が俺のナディスに対してプロポーズしているというのか……理解しかねる」

「それ、は」

「まさかとは思うが、ナディスが優秀だから手放したくないとか……馬鹿すぎる理由ではないですよね」

「あの」

「ね?」


 はい、以外の選択肢は認めない、と言わんばかりにベリエルが笑顔で凄む。

 ミハエルはナディスを必死に見て縋るも、ナディスはベリエルの膝の上で顔を真っ赤にして照れているから助けになんかなるわけがない。


「ベリエル様……そろそろわたくしはお膝から降りても……?」

「駄目」

「駄目!?」


 ミハエルのことをガン無視して会話をしているナディスとベリエル。決して彼らの会話にミハエルが入れるわけもなく、グロウ王国とカーディフ王国を代表する大貴族の婚姻は、何も問題なく執り行えるだろう、という事実だけをミハエルに見せつけるだけということになったのだ。


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