「いやしかし、ベリエル殿下の御寵愛はすさまじいですな!」
「さ、宰相様!」
開口一番褒めてくれているらしい宰相の言葉に、ナディスは顔を真っ赤にしている。
「しかも、氷の公女、とまで言われたことのあるナディス様がこんなにも愛らしい一面をお持ちだとは! いやしかし、これはベリエル殿下の御寵愛のたまものであることと、殿下の前でのみ見せるお姿でしょう!」
「あう……」
「ナディス、大丈夫だよ。君は、今はただ俺に愛されて、甘やかされていてくれればいいんだ」
「そういうわけにはまいりません!」
「ナディスは真面目だなあ」
ぷんすこしているナディスだったが、ベリエルにかかってしまえばただの恋する一人の少女でしかない。
見た目のとんでもない美しさに反してあまりに可愛らしく見えるものだから、宰相も、実はそこにいた国王夫妻も、ミハエルでさえも目を真ん丸にしていた。
なお、ここにはしっかりとヴェルヴェディア公爵夫妻もいるのだが、夫妻は娘のこのsy型に慣れたらしい。
むしろベリエルと一緒んひいることで、ナディスがようやく年相応の表情を見せられているのだ。しかも、公式の場ではきちんと弁えていて、公私の使い分けはきっちりできているのだから、さすがとしか言いようがない。
「それに、助けてくださいまし、とは言いましたがまさか我が家に設置した転移装置を使ってくるだなんて聞いておりません!」
「公爵夫妻には伝えたよ?」
「!?」
ナディスが物凄い勢いで両親を振り返れば、両親はあっはっは、と朗らかに笑っている。
笑いごとかい!! とツッコミを入れたいナディスだったが、知っていて黙っていたということの方が問題らしく、軽く両親を睨みつけた。
「お父さま、お母さま、大切なことは言ってくださいまし!」
「ナディスの可愛いところを、お母さま見たかったの……」
「はい!?」
「お父さまだって同じだぞう?」
「お父さままで!」
娘馬鹿ではあるのだが、こういう連絡はきちんとしてくれ! と叫びたいナディスは必死に堪えている。
というか、ベリエルの膝から降りて文句でも何でも言えば良いのに、そうしないのはベリエルの膝の上にすっかり慣れ切っているからだろう、というのがとってもご機嫌なベリエル談。
こんな場所なのに!? と宰相からツッコミが入ったものの、別に国王夫妻は知らない人ではないし、王宮は勝手知ったる他人の家、という程度の認識なナディスにとっては、別にどうってことはないらしい。
一時は王太子妃候補にまでなっていたし、教育係の夫人からは未だに可愛がられる程度には評判がとってもいいナディス。
更に言うなら、ナディスはミハエルのことを髪の毛の細さほどだって気にしていない。
ついでに好きとか何とかいう感情だって、とっくにない。
一度やり直しているから尚更だし、今回に至っては『ナディスは自分のこと好きだから王太子妃候補になったのだ』という斜め上の曲解をしてくれたミハエルのことなんか、人類皆嫌悪しているであろう虫くらいの想いしか抱いていない。
感情を消し去ると、ここまですっきりと切り捨てられるのか、とナディスは感心すらした。
ベリエルには言っていないし、これから先も言うつもりなんてないのだから、もうこのままでいいや、とミハエルのことを視界にも入れていないナディスの徹底ぶりに、ベリエルはまた機嫌が急上昇した。
「(見事なまでに、ミハエルには興味がない、というのか。我が妃は)」
「……? ベリエル様?」
「うん?」
「どうかなさいまして?」
きょとん、として首を傾げるナディス。
そんな様子を嬉しそうに見守っているベリエル。
ナディスの目に入っているのは、どこまでも自分が大切にしている、愛する人であり、ミハエルはどうやっても視界に入らない。入ったとしても彼だけには視線がいかない。
ただ、そこにいるだけ。それだけなのだ。
「ベリエル様、今日は我が家に滞在なさってくださいますの?」
「もちろん」
「では、後ほど庭園の案内をいたしますわ。新しい薔薇が花を咲かせましたの!」
「それは是非見たいね。ナディス、我が妃、案内をお願いできるかな」
「ええ、わたくしの愛しき殿下」
うっとりとベリエルを見つめているナディスを、ミハエルは見たくなんかなかった。
もしかしたら、自分があそこにいたかもしれないのに、と「たられば」を考えてみても、どうやったってその願いはかなわない。
ぐ、と拳を握ったところでタイミング悪く扉が乱暴にノックされ、ナディスがある意味ミハエルよりも会いたくないロベリアが飛び込んできたのだ。
「失礼いたします!!」
「……」
「まぁ……っ、何ともはしたない! ナディス嬢、慎みというものがございませんの!?」
ここぞとばかりにナディスへの言葉の攻撃を仕掛けてくるロベリアは、気付いていない。
とんでもなく冷ややかな目を向けられている、ということに。とはいえ冷ややかな目を向けているのは、その場にいる全員……ただし一切ロベリアに興味のないナディスを除く、ではあるが。
「ナディス、このうるさい女は君の知り合いかい?」
「え?」
ベリエルの膝の上で、きょとんと首を傾げる。
はて、そんな奴いただろうかと首を傾げたままでゆっくり周囲を見渡してから、ようやくここでロベリアに視線をやる。
「ああ、いらっしゃったんですの、王太子妃殿下」
「コレが? この国の、王太子妃?」
「ええ」
ケロリとしてナディスが頷けば、ベリエルはナディスの頭をよしよしと撫でつつ冷たい目を向けた。
「いきなりここに飛び込んできて、挨拶もなしに喚き散らす馬鹿が……王太子妃、ねぇ」
ベリエルの冷たい視線に、ロベリアは今ここでようやくハッと我に返ったが、だいぶ時すでに遅し、である。
そして、じっとナディスはロベリアを見つつ、呆れたように口を開いた。
「学生時代からわたくしに何一つ勝てたこともない侯爵家出身のご令嬢ごときが、わたくしに楯突こうとしていること自体が馬鹿馬鹿しくてやっていられないと言いますか……」
「な、」
「で、貴女何をしに来ましたの? 騒音発生させに来たのであれば、早々にお引き取りくださいませんこと?」
心底面倒だ、という顔を隠しもせずナディスは淡々と告げていく。
悪口満載にしすぎて、はっとナディスはベリエルを見上げるが、ベリエルからはあっさりと『どうぞ、続けて?』と促されてから安心したように微笑んだ。
それでは失礼して、とナディスは遠慮なしに言葉を紡いでいった。
「そもそも、わたくしがどうして、今ここにいるのかも考えもせずに、わたくしに文句を言うためだけにここに乗り込んできた、ということなのでしょうけど、文句を言いに来たのはこちらですが」
「何ですって!?」
「だって、迷惑なんですもの。そこの王太子殿下に言い寄られるとか、鳥肌モノなんですからね!」
「言い寄られる、って……」
どういうことだ、と勢いよくロベリアが振り返った先のナディスは、無言でミハエルを指さしている。
「……ミハエル、様?」
「そこの王太子殿下に未だに言い寄られておりまして、大変……そうですね、端的に申し上げて気持ち悪いので、わたくしの愛しき婚約者に助けを求めて現在に至る、というわけなのですが」
「は、はあああああああああああああ!?」
ロベリアの絶叫が響いた。
そんなわけない、ミハエルは、ミハエルの心は自分の方を向いているのだと、ロベリアは信じていたがそうではなかった、ということか。
視線を不用意に逸らしまくるミハエルとロベリア、二人を白けた目で見るナディスは、しみじみ思った。
ああ、本当にお似合いのクズどもだ、と。