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第46話 馬鹿に付ける薬はない


 はたして、馬鹿は死ねば治るのか。


「治らないとは思うけど、一回やってみても良いかな、って思うの」

<やめて?>


 そんなことされてしまったら、ナディスの魂の輝きが半減するどころではなく、人を殺したことでそもそも魂が死後、牢獄にとらわれてしまうかもしれない。

 ツテヴウェが狙っているのは、ナディスの輝きが増しに増している魂。

 だから、ナディスに殺人どころか何かしらの罪を犯させるわけにはいかないのだ。


「……では、どうすればいいのかしら。考えれば考えるほど、はらわた煮えくりかえりそうなのだけれど」

<なら……>


 ふむ、とツテヴウェが少しだけ考えて口を開いた。


<今度、卒業試験があるんだろう? 確か魔法を使った実技試験とかなんとか>

「あるわね」

<そこで、俺がサポートしつつ姫さんが今以上の全力をもってして実力を見せつけるのは?>

「……それって……」


 ナディスは、ツテヴウェの提案の意図を必死に探る。

 そんなこと、言われるまでもなくやってやるつもりだが、普通に叩きのめすだけでは、足りない。


「……ツテヴウェ、お前、わたくしを舐めていない?」

<いや、そんなことは>

「あの侯爵令嬢風情が王太子妃になったとて、そも、今の王家が王家たる所以を考えれば当家の力無しでどこまでやれるのか見ものだけど、馬鹿にされたままでわたくしは終われないの。……ベリエル様に嫁ぐとしても、決して許すことなどできやしない。あの、クソ女のことなど」


 ああ、そうだ。

 この女は、『普通の』令嬢などではない。


 ここ最近平和だったから、ツテヴウェさえもすっかり忘れていた。


 ナディスが笑ってくれているから、楽しそうにしているから、そしてどんどん魂の輝きが増していくものだから。そんなものは理由にならないと、今改めて思い知ったところだ。


<……ああ、そうだったな。姫さん、お前は馬鹿にされて終わるような女ではなかった>


 にぃ、とナディスの笑みが深くなる。

 そうだ、と言わんばかりに、頷いてみせればツテヴウェの笑みもつられたように深くなっていった。


<では、何を望む。我が契約者>

「そうねぇ……では手始めに、わたくしのベリエル様がこちらの国にいる間に、徹底的に恥をかかせましょうか。バカ二人のメンタルをちょっとだけへし折りましょう」


 ちょっとだけ、ではない。

 侯爵家令嬢にして王太子妃のメンタルをへし折れば、一体どうなることやら、と少しだけツテヴウェは思ったがナディスの望みなら叶えないわけにはいかない。

 望みを叶えること、すなわち、更なる魂の輝きが得られるに違いない。


 まるでダイヤモンドにも匹敵するような輝きのそれは、きっとツテヴウェがこの先ずっと他の契約者を探したところで現れるかどうか、分からない。現れたとしても、ナディスほどの輝きをもつニンゲンになんか、会えるわけがない。


「手始めに……ツテヴウェ、ちょっとだけ手伝ってくれない?」

<何を手伝う?>

「そうね、うまいこと王宮に出入りする高位貴族を、ちょぉっと洗脳してからガーデンパーティーを開くようにできる?」


 何だその程度か、とツテヴウェは笑みを濃くした。


「その笑顔はできる、と判断していいのね」

<勿論>


 できるのであれば好都合、そう考えてナディスは自分の愛用デスクに向かい、レターセットを取り出し、覚えている限りの高位貴族の名前を書き連ねていく。

 そして、それをツテヴウェに押し付けるように渡してから、ニッコリと微笑んだ。


 まるで、女王のような笑みにツテヴウェは自然と膝をついた。


「ねぇ、わたくしの悪魔。わたくしの願いを叶えてちょうだいな? 邪魔なものを、排除して、わたくしは幸せにならなくちゃいけないの。だからね……」


 ナディスは口元に手をやり、どこまでも優美に微笑んだ。


「わざと見逃していてあげた、お遊びはおしまい」


 前回やられたことを決して忘れてなどいないのだ、このナディスは。

 ただ相手をすることが面倒だから、何も手を出さなかった、というだけの話で、ここまで粘着されて、売ってくるなという喧嘩を売ってくるのであればナディスはその喧嘩、言い値で買う。それだけのお話である。


「さぁ…………ちょっとしたお遊戯を、始めましょう?」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「……レヴィド夫人から、お茶のお誘い……」

「はい、妃殿下」


 ロベリア専属侍女から手渡されたその招待状を受け取ったロベリアは、ふむ、と少し考えてから頷いた。


「すぐに返事を書くわ、レターセットを」

「かしこまりました」


 すぐに侍女は言われたものを準備し、ロベリアは嬉しそうに返事を書いた。

 勿論、出席します、と記載してからレヴィド伯爵家へと返事を送る。一方のレヴィド家では『こんなティーパーティーをやると決めただろうか』と思っていたが、夫人は周りから『開催する、って仰ってましたよ!』と言われて慌てて準備をしていた。

 参加者には王太子妃までいるとあっては、手を抜くわけにはいかない。

 季節の花、テーブルクロスは白で統一、珍しい果物を用意してから様々な焼き菓子や細やかな細工が施されたケーキの数々。あれこれと用意してからティーパーティー当日を迎えたのだった。


「……それにしても、いつやるって……ああでも、疲れていたからかしら。準備が整ったのだから、まぁ良いとしましょうか」

「奥様、ご体調がすぐれないときはいつでも仰ってくださいませね」

「ありがとう、大丈夫よ」


 そう言って、夫人は招待客をもてなすために挨拶をしていく。

 その中に、ナディスの姿を見つけた夫人は、いそいそとナディスの方に歩みを進めていった。


「ヴェルヴェディア公爵令嬢!」

「まぁ、レヴィド夫人。この度はご招待いただきましてありがとうございます」


 レヴィド夫人に対し、すっと綺麗なカーテシーを披露して挨拶をし、従者に変化しているツテヴウェを手招きし呼びつけた。


「こちら、手土産です。ささやかなものではございますが……レヴィド夫人は最近眠りが浅い、とお聞きしましたので……」

「お嬢様、どうぞ」

「まぁ……!」


 ナディスから手渡されたのは、安眠できるというハーブティー。

 隣国から輸入されているそれは、最近人気が高まっており手に入れることが難しいとされているものだったために、レヴィド夫人は顔を輝かせた。


「どうしても欲しくて探しておりましたの! ええ、まさしくこれですわ!」

「気に入っていただけましたようで、何よりです」


 ほほ、とおっとりしたように笑うナディスに対して、レヴィド夫人は好感度が上がりっぱなしだ。


「夫人、今日はご招待いただきまして本当にhありがとうございます。本来ならば、婚約者であるベリエル殿下も来れれば良かったのですが……当家との婚約の取り決めに関して書類作成などがあるようでして、付き添いには従者を連れてきておりますが、よろしくて?」

「ええ、ええ、何も問題ございません! さ、こちらへどうぞ」


 にこやかに中庭に案内されると、その場に居た招待された令嬢たちがわっとナディスの方にやってきた。


「ナディス様、御婚約おめでとうございます!」

「グロウ王国の王太子殿下との御婚約だなんて、……条件がとても厳しいお方だとお聞きしましたが……」

「是非、お二人の出会いからお聞きしたいわ!」


 わっと取り囲んできた令嬢たちに、困ったような微笑みを返しつつナディスはちらりとツテヴウェを見上げた。


「冷たい飲み物を持ってきてくれる? わたくし、皆さまとお喋りするから喉を潤すものが欲しいわ」

「かしこまりました」


 ツテヴウェの擬態もばっちりだ、とナディスはほくそ笑み、ロベリアに対して『早く来い』と願う。

 まずはこの場で、一発ぶちかましてやろうと、そう、心に刻んで。


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