王妃からかなり……いいや、相当に、こってりと絞られた後、ロベリアはさすがに凹んで部屋に引きこもっていた。
あのティーパーティーをきっかけとして、ロベリアは社交界で白い目で見られるようになっていたのだが、思ったよりも精神を蝕んでいった。
「(どうして……どうして、わたくしがこんな目に!)」
カーテンを閉め切り、なるべく人に会わないようにしてきたけれど、王太子妃という立場があるだけにいつまでもこのままでいるわけにもいかない。
早々に復帰をしなければいけないのだが、復帰をすれば貴族令嬢たちから白い目を向けられるから、復帰への第一歩がふみだせずにいる、という状態。
「(いつまでもこうしているわけにはいかない、けれど……)」
じわり、とロベリアの目に涙が滲む。
どうしてこんなにも惨めな思いをしなければいけないのか、と零れてくる涙を拭うこともなくただ、ベッドの中でもぞり、と身じろぎをした。
「……あれ?」
そういえば、とロベリアがふとあることに思い当たった。
「ナディスに、あんな執事、いた……?」
ナディスの隣に、時には後ろにそっと控えていたツテヴウェのことを、ロベリアはふと思い出した。
ヴェルヴェディア侯爵家にあんな若くてイケメンな執事がいなかったのでは、と必死に思考を巡らせる。だが、ほとんど交流がなかったのだからすぐに思い出せずに確信できないでいた。
「でも……あれだけ息があっているなら、結構前からいたはず……よね?」
ツテヴウェがいつからいるのだろうか、と考えても分からない。だがしかし、婚約者がいるのにあれだけ距離感の近いイケメンの従者がいれば、誤解をされても仕方ないのでは、とロベリアはふと考えついた。もしかしたらこれが逆転の一手かもしれない、と考えたロベリアはばっとこもりきりになっていたベッドから出てくる。
「……善は急げ」
ぽつりと呟いて、ロベリアは急いでナディス宛てに手紙を書いた。
これが、ナディスを追い詰める最後のチャンスだと信じて。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「何よこれ」
<何だそれ、姫さん>
ほどなくして、ヴェルヴェディア公爵家に届いたロベリアからの手紙を見て、ナディスは面倒そうに手紙の封を切った。
「…………は?」
内容を素早く読んだナディスは、盛大に嫌そうな顔をした。
なお、中身についてはお察し、とでも言うべきものだが、これがベリエルに見られればちょっと面倒なことになるかもしれない。だが、ベリエルには全てを話してしまった方が良いのでは、ともナディスは考える。
<姫さん、内容は?>
「……そうねぇ、うっかりあなたを連れて行ってしまったことで、ロベリアがここぞとばかりに人のあら捜しをしに来た、っていう感じの内容なのよ」
<ええ……>
何それ面倒、とツテヴウェは思わず呟いてしまった。
ナディスの身の安全を考えたことによる護衛も兼ねた付き添いだったが、ちょっとだけ裏目に出てしまったらしい。
<……屋敷のニンゲンの記憶改ざんでもするか?>
「やめてちょうだい、何かあった時のボロが出たら、そっちの方が面倒じゃないの」
<それもそうか>
うーん、と唸りつつツテヴウェはごろん、と寝転がる。
勿論ながら、いつも通りの猫の姿で、ナディス部屋にある座り心地のとっても良いソファーの上で。
「ねぇ、お前との契約に関してなのだけど」
<うん>
「誰かに話した場合、わたくしにペナルティがあって?」
<……あー……>
ツテヴウェは考える。
ペナルティが有るか無いか、で言えば『無い』。
そもそも、ナディス個人との契約であることに加え、ナディスの色々な意味での底力の強さによってどうにかなってきているところはあった。しかし、うっかりとはいえ、ツテヴウェがロベリアの前で姿を見せてしまったから、協力者は必要なことだ。
しかも、その協力者がナディスの愛しているベリエルならば、これほどまでに心強い味方はいないだろう。
<ペナルティはない>
「そう」
<だが、もしもベリエルがお前を拒否したら……>
「…………そうね」
ツテヴウェの指摘に、ナディスの表情が一瞬曇った。
まずい、と考えたが、ナディスはすぐに表情を引き締めて、己の頬を軽く叩いて気合を入れなおした。
「ベリエル様には、今のうちにお話ししておきましょうか」
<けど姫さん!>
「ツテヴウェ、お前失敗するんじゃないかとか、この婚約が破棄されるんじゃないか、とか考えてるんじゃないでしょうね?」
その通りです、とは口が裂けても言えない。
もし言ったら言葉通り怒り狂ったナディスに口を本気で引き裂かれないどころか、そもそもナディスの手によってツテヴウェの存在そのものが危うくなっている可能性だってある。
「すべてをさらけ出して、それで拒否されたらそれまでのことよ。あの馬鹿二人道連れにしてやりましょうとも」
<(こわっ)>
「でもね」
ツテヴウェがナディスを見た先、彼女は自信満々に悠然と微笑んでいる。
「わたくしとベリエル様が築いてきた絆が、そんなにもぺらっぺらなわけないでしょう? 何年わたくしがあのお方に尽くししていると思っているのかしら」
<そうだけど>
「それに、話したところでベリエル様がこのわたくしをあっさり拒否なんてするわけないじゃない」
<(すんげぇ自信満々だこと……)>
「自信しかないけど」
<すっげぇ>
ぽろっと零れた言葉に、ナディスはハン、とツテヴウェのことを鼻で笑い飛ばした。
「このわたくしを舐めてもらっちゃ困るのよ! わたくしはね、自分で幸せをつかみ取る、って決めたの。そうして、お前に守ってもらうし、わたくしの幸せを邪魔する馬鹿はね」
一呼吸おいて、ナディスは先ほどの自信満々な美しい微笑みから一転。
「全て、滅びるべき、なのよ」
凶悪としか言えない微笑みを浮かべ、ロベリアからの手紙をぐしゃ、と容赦なく握り潰したのだった。
何度でも思う。
ロベリアもそうだが、ミハエルも、そもそもこの国自体敵に回してはいけないご令嬢を敵に回してしまっていることに、誰も気付いていない。
<んじゃ、ベリエル呼ぶの?>
「ええ」
だって、我が家にいらっしゃるもの。としれっと付け加えたナディスはよっこいせ、と立ち上がってツテヴウェのところにやってくると首根っこをわし、と掴んで目線の高さに持ってくる。
恐らく、姿かたちを変えているとはいえ、悪魔をこんな雑な扱いをするのはナディスくらいだろう。
「あなたは、わたくしが合図したら人型になりなさい」
<はいよ>
「よろしい」
にこ、と先ほどまでの凶悪な笑みはどこへやら。
普段通りのナディスの微笑みを浮かべ、いそいそとベリエルが滞在している客間へと駆け足で移動した。
「ベリエル様、失礼いたしますわ!」
きちんとノックしてから、中から返事が返ってきたことを確認して問らを開けるナディス。
くるりと振り返ったベリエルは、にっこりと微笑んでナディスのところへとやってきて、ぎゅうっと抱き締めてくれる。
「ひえっ!」
「会いたかったよ、俺の可愛いナディス」
「は、はひ……」
心の中で『あああああ好き!!』と喜びまくっているナディスは、しっかりと自分からもベリエルを抱き締め返しているのだが、心の声がこっそり筒抜けなツテヴウェは耳を押さえている。押さえたところで何かなるわけでもないのだが、何となくやっておきたかった、というのはツテヴウェ談、である。
「……ベリエル様、少しだけお時間よろしいですか?」
「うん?」
「わたくし、ベリエル様にお話ししておかねばならないことがありますの」
「ナディスのお願いだ、聞こうか」
一旦体を離し、ベリエルの手をそっと取りナディスはくい、と軽く引っ張った。
「では、移動いたしましょう? お部屋でお話いたしますわ」