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第53話 徹底的にやってやれ


「……ナディス」

「はい」


 真顔で結構なことを言い切ったナディスを見つめたまま、ベリエルはにぃ、と口端をつり上げた。


「今、ここで宣言しよう。俺は、そんじょそこらの馬鹿に殺されたりなんかしない」

「……はい」

「だから」


 テーブル越しに、一旦体を離してからベリエルはナディスに対して両手を広げ、おいで、と言わんばかりに彼女にだけ見せる柔らかで、蕩けた笑顔を浮かべる。


「さぁおいで、悪魔をも従えてしまうほどの、俺の唯一無二の妃」

「……っ」


 ああ、この人に会うためだけにわたくしはやり直したんだ。

 そう思えるほどに、ベリエルは深く、深くナディスのことを一心に愛してくれる。


 まるでこの人に出会うためにやり直したのだ、と断言してもいいくらいに。


「ベリエル様……っ!」


 感激したように、ナディスはばっとベリエルのところに駆け寄り、ぎゅっと抱き着いて腕の中にすっぽりとおさまった。


<姫さん、俺のこと忘れちゃ嫌なんだけど>


「お前、空気って読める?」

「さすがにそれは良くないぞ、悪魔よ」


 がっちりと抱き合った二人から避難されてしまったツテヴウェだが、ナディスが握り潰したロベリアからの手紙を二人の前にふわりと移動させた。


<コレ、どーすんの>


「ああ……」

「それは……」


 意外と、ベリエルも喧嘩っ早かったらしい。

 いいや、もしかしたらナディスが関わっているから、かもしれないが。


「ナディスを苦しめている身の程知らずは、全力で潰してやろう」

「わたくしだって、潰してやりたいですから、良いところは残しておいてくださいませね?」


 ぷく、と頬を膨らませるナディスだが、言っていることは結構物騒である。


「ロベリアがこちらに対して吹っかけてきた喧嘩ですもの、しっかりと言い値で購入して差し上げないと……ねぇ?」


 ベリエルの膝の上であくどい微笑みを浮かべているナディスだが、恰好ついていない。

 何せ、ベリエルにめっちゃ甘やかされているから、迫力が半減しているのだ。


<……まぁ、やり返すならそれでいいんだが、どうするよ>


「どうせそのうち、王家からお呼び出ししてくるでしょう。であれば、乗ってあげるだけよ?」


<乗る、って>


「ああ、そうか。乗り込んで、遠慮なく叩き潰す、っていうわけか」

「はい」


 にっこりと微笑んだナディスと、よっしゃやったれ、と言わんばかりなベリエル。

 いよいよ本格的に敵に回していけない、ある意味凶悪な二人を敵に回してしまったのだが、恐らく気付いていないだろう。きっと、ロベリアは『これでナディスに勝った!』とほくそ笑んでいるであろう。


「ベリエル様、その時は是非ともお力をお貸しくださいまし?」

「勿論。どうやって潰す?」

「自滅していただきましょう。ほら、あいつのことに関しては先ほどのベリエル様の提案でいけると思います。ミハエル殿下もどうせ同席して、こちらをひたすら責めるでしょうし……」


 にま、と二人揃って微笑む……というか、とんでもなくあくどい笑顔を浮かべた。


<(ご愁傷様)>



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「しかし、本当に彼らを呼ぶのか?」

「ええ! だって、ナディスは不貞を働いている可能性だってあるんですわよ!? 王太子妃として、この国の未来のため、気を配る必要がございますもの!」


 鼻息荒く言うロベリアの迫力に、ミハエルは少しだけ圧倒される。

 しかし、ロベリアの話が完全に嘘だとは断言できないから、仕方なく王家として命令して、ヴェルヴェディア公爵家に王宮に来るようにと告げたのだ。

 王家の命令なら、従わないといけない。

 そう判断したのか、ナディスは『是非とも。近いうちにそちらに向かいます』と、簡潔な内容だけを返送しておいた。


「失礼いたします」


 ノックの音と共に、入室の許可を得られた従者が室内に入ってきた。


「妃殿下、王太子殿下にお手紙が……」

「誰から?」

「ヴェルヴェディア公爵令嬢です」


 その言葉に、ロベリアはニタリと笑みを浮かべる。


「(やった! これであいつのことを正式に処罰できる! 公爵家だろうが、王家の力には適わないと思い知るがいいわ!!)」


 貸しなさい!と意気込んで従者から手紙を奪い取り、ペーパーナイフで封を切ってから中身を見たロベリアはぴたりと動きを止めた。


「何よ、これ」


 とてつもなく簡素な内容の返事。

 思っていたものとはかけ離れたそれに、ロベリアは一瞬恐怖さえも感じてしまった。


「何で、こんなに冷静でいられるというの……?」

「ロベリア、どうしたんだ?」

「あ……」


 様子のおかしいロベリアに、ミハエルも不思議そうに首を傾げている。いけない、このままではミハエルが不信がってしまう、とロベリアは慌てて微笑みを張り付けた。


「何でもありませんわ!」

「そうか? なら、良いんだが……」


 ミハエルは、ナディスからの手紙がやってきた=呼び出しに応じている、としか思っていない。

 実際にその通りなのだが、ロベリアが愕然としたのはその手紙の内容だった。


 ナディス自身、その反応を狙って書いた内容だが、あまりにも簡素すぎるのではないか、とロベリアはミハエルが自分の部屋に戻る、と言い残して立ち去った後の自身の部屋で、ぎりり、と爪を噛んだ。

 まさかこんなにもあっさりしているだなんて、という思いもそうなのだが、まるでこれは『そちらが何かできるものならやってみろ』と言わんばかりの内容だ、と寒気すら感じる。


「……余程、自信があるようね」


 勝手にロベリアは勘違いしているのだが、彼女は読み切れていない。

 ナディスの家に、今、誰が滞在しているのか、ということに加え、先日目の当たりにしたはずなのだ。

 ナディスが、現在の婚約者にとてつもなく溺愛されているということを。


「別にいいわ、ナディスが浮気をしている証拠を突き出してやれば、あのグロウ王国の王太子はわたくしに泣いて感謝することでしょうね!」


 あっはっは!! と高笑いをしているロベリアは、勝ちを確信している。

 今、この瞬間も。


「ああ、そうすればもしかして新たな縁談を持ち込んでくれるかもしれないわね! いいえ、わたくしとの婚姻を望んでくださるかも……?」


 うふうふ、と令嬢らしからぬ笑い声を上げながら、ロベリアは部屋の中でくるくると楽しそうに笑っている。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



<っていう感じだけど>


「気持ち悪い」

「最低だな」


 ナディスとベリエル、揃って心底嫌そうな顔で呟けば、ツテヴウェはそうでしょうとも、と頷いた。

 いつぞやののぞき見以降、うっかりそのまま王宮を監視できるようにしていたのだが、それがある意味仇となったのである。


「……何なんですのこのクソアマ」

「ナディス、口が悪くなっちゃってるよ?」

「悪くもなりますわ!? 大体自分がどうしてベリエル様と結婚できるとか妄想していらっしゃるの!? 気持ち悪い!!」


 珍しく怒り狂っているナディスをベリエルがよしよしと頭を撫でつつ宥めてやれば、少しだけ落ち着いたのか大きく深呼吸してからナディスはどうにか冷静さを取り戻す。


「……落ち着きました」

「うん、いい子」

「ベリエル様、とりあえずの提案なんですが」

「何だい?」

「遠慮なくぼっこぼこにしてもよろしくて? 言葉でもそうですけれど、物理的に」


 ナディスの言う『物理的』。

 つまりヴェルヴェディア公爵家の全てを総動員して、徹底的に叩き潰す、ということだ。


「そうだね、良いと思うし……ついでにうちの国の力も貸そうか?」

「まぁ!」


<待てや魔王夫妻>


「誰が魔王だ」

「いやねぇ、ベリエル様は魔王っていうかグロウ王国の国王でしてよ? 『王』ということには変わりありませんけれど」


 ツッコミを入れたナディスとベリエルの息は、とてつもなくピッタリである。

 ベリエルもすっかりナディスの素を容認しているし、もうこのまま結婚しても全く問題ないと言って差し支えない。


<てことは>


「やるわよ?」

「ナディスをコケにした代償は、支払ってもらわなきゃね」


 にっこりと微笑んだ二人は、まさに悪魔の笑みを浮かべている。

 ロベリアとミハエルは、ここから先待っているのは地獄でしかないのだ。


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