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第55話 結果は明らか


「そんな……」


 ロベリアは、まさかこうなるとは思ってすらいなかったのだろう。

 ヴェルヴェディア公爵を呼んでおけば、ちょっとナディスが恥をかいて、公爵からも謝罪がもらえる、と思っていたのだから。


「(何よこいつら!!)」


 思惑は見事に外れ、ベリエル、ガイアス、そしてナディスから徹底的に言葉でタコ殴りにされてしまった、という事実だけが残るだけになり、ロベリアが大恥をかいた。

 家臣たちもまさかこんなことになるなんて、と顔色がが悪い面々がいるのだが、彼らは一様にヴェルヴェディア公爵家に何としてでも一泡吹かせてやりたいと思っていた派閥。そんなことができる人がいるとするならば、ガイアスの妻ターシャ、あるいはその子供であるナディスくらいのものだ。

 お父さま嫌い! の一言でガイアスはばあったり倒れてしまうほどの娘馬鹿、ということはあまり知られていない。現在進行形で有効なのは、ヴェルヴェディア公爵家、ならびに公爵家の従者たちのみぞ知ることである。


「それと……王太子妃殿下、お尋ねしますが」

「な、何よ」

「仲良くもない、家同士の交流もない。そんなご令嬢がいちいち当家のナディスに突っかかってきているのでしょう?」

「……それは……」


 ナディスに突っかかっている理由はたった一つ。

 王太子妃候補としてナディスの名前が挙がったから、だけ。自分の方が。優秀だからということを見せつけたくて、羨ましがられてみたかったから、必死にあれこれと企んだが、結果として全て無駄になった


「わざわざ突っかかってこなければ、最低限の付き合いにしておけば、こんなにも苛々することなんてなかったのではありませんかな?」


 まさかここまで正論ど真ん中な攻撃、いいや、口撃を食らうとは思っても見なかったのだろう。

 ロベリアは頬が引きつり、あ、とか、う、とかしか言えなくなっている。


「……まぁ、実際わたくしは王太子殿下とクラスは違っておりましたし。交流を持とうと思えばお昼休みぐらいのものでしたけれど……」


 よっしゃ好機、とロベリアが顔を上げた瞬間、とんでもなく蔑んだ目のナディスと、ばっちり目が合った。


「そもそもわたくしと王太子妃殿下、王太子殿下とは授業時間も異なっていれば、時間割だって全く違いましたものね。わたくし学園ではSクラスでしたし」


 何も反論のしようのないとどめを、遠慮なくナディスはぶっこんで愛用の扇を取り出してパラ、と広げた。


「それに、必要単位を早々に取得したから学園に通わなくても良い、という特例措置を取っていただき……」


 ナディスはどこかうっとりした表情で、隣に立っているベリエルを見上げた。

 愛しい相手から見られることは、ベリエルも嬉しいらしく、にこ、と微笑みを返している。


「グロウ王国と我が国を転移魔法で移動しつつ、グロウ王国での王太子妃教育を行っておりましたので」

「……は?」

「うそ、だろ?」

「そんなことをして、わたくしに一体何の得があるのでしょうか?」


 きょとんとして首を傾げているナディスは、とっても可愛らしい。

 だが、すぐさま凶悪なほどの笑みを浮かべてミハエルとロベリアを、完全に見下した目でぎろりと見た。


「あなたがたの未来になんか、興味はございません」


 告げられた言葉に、ロベリアは愕然とする。

 ナディスからは、ミハエルに対しての愛情はおろか、親愛の情すら感じられない。


「それに、わたくしが興味があるのはベリエル様とベリエル様の御納めになる国の未来だけですし」


 ぱたぱたと扇で扇ぎつつ、ベリエルにべったりとくっついているナディスの目の奥には、言われた通りにこの国への未練など全く感じられない。それどころか、さっさとグロウ王国に行きたい、という思いしか見えない。


「ですから、我が家の使用人に関しての口出しは一切無用。たとえそれが王太子妃でなkといえど、です」

「はぁ!?」

「ご反対されるようでしたら、我が家と親戚一同諸共、グロウ王国へと移住するか……ああそうだな、グロウ王国に手を貸してこの国をなくしてしまっても良いかな、とは思っておりますが」

「な、……っ、公爵!?」


 ガイアスのこの発言に関しては国王夫妻がぎょっとした。

 ミハエルは、一体何がどうなんだ、という雰囲気できょろきょろしている。まるで己に非はない、とでも言わんばかりにしているが、この発言の意図を理解していないことは明らか。

 そして、これを見た家臣たちがさっと顔色を悪くしていることにも気付いていない。


「わたしは娘がとっても可愛いですし? ベリエル殿下は我が家の娘を任せられるだけの素晴らしいお人だ。だから、此度のように難癖つけられるために娘を呼びつけるような王太子妃から、愛する娘を守るためにできることをするだけ、という話なのだが……そんなに顔色を青くしなくても良いのでは?」

「そ、そんな、こと」


 ない、と言いたかったが、ロベリアは『無い』と言い切れない。

 ナディスに一泡吹かせたかっただけなのに、と思ったがベリエル、ナディス、そしてガイアスの三対の白い目に見つめられると、何も言えなくて、そして、へたり込んだまま視線から逃れるために下を向くことしかできなかった。


「……っ」

「王太子殿下」

「な、なんだ、ナディス」

「……名前で呼ばないでください、とあれほど申し上げたにも関わらず、わたくしを名前で呼ぶだなんていい度胸しておりますわね?」

「だ、だって」

「だってじゃないよなぁ……ナディスはわたしの婚約者なんだし、お前はナディスに振られた男、というこの国の王太子殿下、っていう身分を持った男なだけだろう?」


 それ、結構な身分なのでは、と家臣たちがこっそり思うが、何せ相手はグロウ王国の王太子。

 カーディフ王国も国としては栄えている方だが、グロウ王国には適わない。国の規模もさることながら、国力も。


「それにあなたには、そこに座り込んだままの王太子妃がいるではありませんか。わざわざナディスを手に入れる必要があるのかな?」

「ベリエル殿下……っ」


 ギリギリと悔しそうにしているミハエルは、縋る様にナディスを見てみたが、ナディスはにっこりと微笑んでベリエルを見つめている。

 ミハエルのことに関しては一切気にしていないのだが、一体これを何度繰り返すのか。


 そろそろナディスもベリエルも飽きてきている。

 だから、ナディスとベリエルはうん、と頷き合ってから口を開く。交互に淡々と告げていけば、国王夫妻、王太子夫妻の顔色がさっと悪くなっていくが、二人は容赦などしなかった。


「そろそろこちらのことは諦めて、いい加減に目の前の現実をしっかり見てくれないかな?」

「こちらがあなた方を見限って無視しきっているというのに、どうして無駄にこちらに絡んでくるのでしょうか?」

「ミハエル殿下も、きちんと王太子妃殿下の手綱を握った方がよろしいですねぇ」

「王太子妃殿下も、いい加減にご自身の将来を見据えて、ついでに王妃教育をとっとと開始すれば良いのではないかしら」

「え、王妃教育始まってなかったの? 遅いねぇ」

「始まった、って聞いたことないんですもの。王太子妃教育は終わった、と聞いてはおりますが…ねぇ」


 ねぇ、のところで王妃をじっと見るナディスだが、その目力は容赦がない。

 王妃も国王も、今更ながらナディスを王太子妃候補としてさっさと立てておけば良かった、何ならどうにかして囲い込んで王妃教育も進めてしまえばよかった、と思う。だが当たり前に遅い。


 しかし、ナディスはミハエルへの気持ちが一切ない。


 だから、そんな提案は決して受けない。カーディフ王国の王太子妃という立場にも興味がないので、強行突破しようとすれば己の命と引き換えに何をどうやったとしても拒否し続ける。きっとこの国の誰もが理解はしていないだろうが。


「さて、改めてお伺いしますが」

「ひぃっ!」


 震えているロベリアに、ニッコリと微笑みかけたナディスは、ドスの利いた声で告げる。


「……当家の使用人の雇用に関して、口出ししないでくださいませ、ね?」

「……は、い」


 イエス、という答えしか望んでいない、という言外の念押しをすれば、ロベリアはぼろぼろと涙を零すことしかできないまま座り込んで、動くことなどできなかった。

 それを見たナディスとベリエル、そしてガイアスはその状況を見て鼻で笑うと、三人揃って王宮を後にしたのであった。


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