「あらまぁ、そんなにも軽い罰……果たして罰と言えましょうか……」
「あちらなりの、それなりに重いとされているであろう罰、なのでしょうね」
ほんのちょっとの公務禁止が、一体なんの罰だというのだろうか、とナディスはため息混じりに考える。
たかが公務、とまでは言わないが、あの王太子妃は(ナディスと比べて)仕事が出来ない。だからこそ役立たず、とレッテルを貼っていしまいたいのか何なのか、というところではあるが、香りのいいお茶を飲んで、はー、とナディスは大きくため息を吐いた。
「……まぁ、あちらがそれでいいと言うのであれば、いいですけれど……」
「どうにも腹が立つのよねぇ……」
ターシャ、ナディスともにそこそこ物騒なことを考えつつ、二人揃って『ねー』と良いながら可愛らしく首を傾げている。
めっちゃ息ぴったりだなこの母娘、と給仕係のメイドは考えたが、このくらいのクセがないと公爵家では恐らくやっていけない。
ターシャは望まれて嫁いできた嫁とはいえ、公爵家全体を取り仕切るためにはありとあらゆることを覚えなければならなかったし、親戚だって一筋縄ではいかない人の方が遥かに多い。だが、それを乗り越えた現在は、恐らく敵無し、とも言えてしまうかもしれない。
「とりあえずそれで許してくれ、とは連絡が来ているから……まぁ、許しましょうか、っていうところね。納得はしてないし、当家に喧嘩を打ったのは紛れもない事実なのですから」
「お母さま、お父さまは王太子を後押ししない、というのは……」
「あぁ、それは大丈夫。しかと王家に伝えているわ。王家は我が家をどうにかしてでも後見という立場に置きたかったのでしょうけれど、無理というもの。馬鹿を支援する理由がないですからね」
言外に『お前んとこの馬鹿王子、未来はないな』と伝えていることを、果たして現王家は気付いているのかいないのか。恐らく気付いてはいるけれど聞こえない、あるいは見えていないフリをしているだけ。
「ナディス、グロウ王国に着いたら……まずはわたくしやお父さまに手紙を書いてちょうだいね?」
「勿論です」
「……そういえば、あなたの猫ちゃんも一緒に行くの?」
「ええ。もちろん一緒、ですわ! 船旅にはなりますが、問題ないかと思いますし」
「え、あらいやだ! ナディスったら、転移ゲートを使わないの!?」
「……荷物が多いですし……」
「んもう、そういうところはこちらにお任せなさい! ベリエル様からは何と言われているの?」
「え、えぇと……」
荷物の量なら気にしなくて良いよ、とは確かに言われている。
だが、いくら悪魔と契約しているナディスといえど、ゲートを何往復もするような魔力は持ち合わせていない。転移ゲートを使うための魔力消費はそこそこ多い。一人で利用するならば一度で、というのが暗黙の了解となっている中、さすがにナディス一人で何往復も使ってしまっては申し訳ないし、ナディスの魔力がすっからかんになってしまう。
「その、使ってもいいよ、気にしないで……とは言われておりますが、けれどお母さま!」
「神殿あたりに協力要請、する?」
「え?」
「あぁそれか、今回の一件をチャラにするかわりに、王家から何人か魔法使いを派遣してもらって、その人たちにキリキリ働いてもらいましょう」
「あの、お母さま?」
「良いアイディアでしょう? ナディス、どう?」
「……」
にこにこと機嫌良さそうに微笑んでいるターシャを見ては、断ります、というのは申し訳ない。むしろ、後で出された提案の内容であれば、問題はない、のだが。
「(お母さま、やるときは絶対にやる人だもの……。色々と脅しつつやるのかしら)」
そう思ったナディスだが、まぁ良いか、と王家に対しての心配をぽい、と捨て去った。
「えぇ、是非」
そしてすぐさま笑顔を浮かべ、ターシャの提案に頷いたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「は!?」
場所は変わって、王家。ターシャの一言でヴェルヴェディア家がすぐさま動き、『うちの娘の嫁入りについて、移動が大変だから長距離転移ゲートを使うための魔法使いを何人か寄越せ。拒否権なんかあると思うなよ』という内容の手紙を送り付けたのだ。それを見た国王はぎょっとし、手紙を持ったままわなわなと震え、まさかこんな欲求を寄越してくるとは……と頭を抱えたのだが確かに拒否権は無いだろう、とすぐさま肩を落とした。
「あぁくそ……っ、うちのバカ息子と王太子妃が余計なことをしたばかりに!!」
ヴェルヴェディア家からの手紙を雑に扱うことも出来やしない国王は、大きく息を吸って、吐いてから人を呼ぶために呼び鈴を鳴らした。
「陛下、何事ですか?」
「……ヴェルヴェディア家に、魔法使いを複数名派遣しろ」
「…………は?」
「……ご令嬢が、グロウ王国に嫁ぐ。だから、転移ゲートを使う必要がある、とのことだ……!」
あぁ、ヴェルヴェディア家の言うがままになるということが余程悔しいのだろう、と側近は困ったような顔になる。
王太子夫妻が余計なことをしなければ、人員の無駄遣いをしなくても済んだはずなのに、とまた溜息を吐いた。
「しかし、グロウ王国となればかなりの距離が……」
「以前、ベリエル殿下が転移してきたのだから、問題なくできるだろう。我が国の魔法使いたちにとって、これしきのことできなくて、何が国お抱えか……と……」
ヴェルヴェディア家からの手紙の内容の概要を聞いた側近は、ポカンとして目を真ん丸にする。
「そ。そんなこと、が」
「王太子夫妻がやらかしたせいで、こちらが尻拭いをする羽目になってしまったが……これきりなのであれば……」
ぎりぎりと苦し気にしながらもそう呟いた国王は、ターシャに言われた通りにヴェルヴェディア家へと魔法使いを派遣した。
案の定、ロベリアやミハエルからは大反対されてしまったものの、『お前たちの先日のやらかしの代償だ、馬鹿もの!』と国王夫妻に相当な勢いで怒鳴られてしまったことで、肩を落として何も言えないままヴェルヴェディア家の言うがままに魔法使いを派遣するしかできなかったのだ。
なお、魔法使いを派遣したことで、ナディスは無事にグロウ王国へと旅立つことができた。
その様子を見守っていたヴェルヴェディア公爵夫妻は、あんなにも我儘だったナディスが見違えるほどに精神的に成長したことで、無事に嫁に行けたことに歓喜していた。
勿論、嫁入りに必要な……それ以上の持参金を持たせてあるから心配はしていない。
「……お父さま、お母さま、行ってまいりますわ」
転移中の馬車の中、ナディスはぎゅっと手を握って小さな声で父と母へのお礼を告げた。
馬車から見える景色が、異空間のようなものではなく、段々明るくなってきてぱっとある瞬間に世界が広がったような感覚になった。
「……わぁ……」
これまでは王太子妃教育のために、グロウ王国の王宮へと直行していたこともあり、こうして馬車に揺られてグロウ王国への道を進んで行くことが初めてだ。
婚姻においては、さすがに馬車に揺られつつ、改めて挨拶もしてから向かうべきだと判断したために、馬車移動を選んだ。
勿論護衛もついていて、ナディスの道中をしっかりと守ってくれている。
「(ああ……楽しみ)」
自然と表情は緩んでおり、背もたれにゆっくりともたれかかる。
王宮はもうすぐ目の前、というところまで来ており、御者がナディスのことを伝えれば既に伝わっていたこともありあっさりと王宮へと通されていった。
「(お待たせいたしましたわ、ベリエル様)」
心の中でそう呟いて、馬車が止まれば扉が開かれ、その先にいたのはナディスのとても愛しい人。
「いらっしゃい、ナディス」
「ベリエル様!」
手を取ってもらい、ナディスは嬉しそうに微笑んでベリエルと共に王宮内へと歩いていく。
こうして、ナディスの新しい生活が始まろうとしていた――。