「改めまして、ナディス・フォン・ヴェルヴェディアでございます。偉大なるグロウ王国、国王陛下……ならびに王妃殿下、拝謁叶いましたこと大変嬉しく思っております」
礼儀正しく、しかし、きちんとグロウ王国式の礼を取るナディスを見て、グロウ王国・国王夫妻は満足そうに微笑んだ。
ベリエルよりも年上ではあるが、そもそも彼自身の好みが『自分より賢い令嬢』であったことからこうなったのだが、グロウ王国に住んでいる令嬢たちからすれば、ナディスは恨んでも恨み切れない存在なのである。
「まぁ……ナディス、お久しぶりですわね」
「王妃殿下、お久しぶりでございます。その節は、お騒がせしてしまいまして大変申し訳ございません」
「構わないわ。大したことではないもの」
ほほほ、と王妃はにこやかに微笑んだ。
そして、玉座から立ち上がるといそいそとナディスのところへと歩いていって、微笑んだままでナディスのことをぎゅうっと抱き締めた。
「王妃殿下、本当にありがとうございます……」
「そんなにお礼を言わないで頂戴、わたくしの息子……いいえ、我が国の王太子妃になってくれたこと、心から嬉しく思っているのだもの!」
「そ、そんな!」
令嬢たちがいくら恨もうとも、そもそもの条件に当てはまっていないからベリエルの好みに当てはまるわけもない。
何せ、この国の令嬢とベリエルが会話したところで、長く続かない。
長く続かない=会話にならない、ということだ。そうなるとベリエルはつまらなさそうにしてしまうから、必死に話題を探すが天気の話や季節の花の話をしたところで、ベリエルは一切興味を示さない。
どうにか興味を持たせようと政治の話をすれば、ベリエルは食いついてくるが、令嬢はその先の会話は成立しない。
「そんなに謙遜することはないじゃないの、だってあなただけがベリエルの御眼鏡にかなった、ということなんだもの。ナディス嬢ほど優秀な令嬢は、この国にはいないし、努力しない令嬢なんか王太子妃候補になんかなり得るわけがないでしょう?」
「それ、は」
「追加で言うけれど、王太子妃……いいえ、ベリエルに嫁ぎたいのであれば、己がしかと勉強すればいいだけの話。それを怠ったのはこの国の令嬢たちなのだから、ナディスは己の能力の高さを誇りなさい?」
にこやかな王妃を少しだけ困惑したように見たナディスは、続けて国王に視線を向ける。
すると、国王も王妃の意見には賛成なのか、うんうん、と何度も頷いているのだ。
「国王陛下まで……」
「いや、王妃の言うことはもっともだ。ベリエルの好みの高さは相当なものだが、国内だけでなく国外に目を向ければ良かっただけの話。そして、幸いなことに君はかの国の王太子妃候補から外れたばかりだったから、そちらからの要請もあって、これ幸いと婚約の申し出をしただけだ」
あっはっは、と朗らかに笑っている国王を見て、ナディスはようやく苦笑から普段浮かべているくらいの微笑みを浮かべた。
「……国王陛下が、そうおっしゃられるのであれば、わたくしも安心します。先ほども申し上げました通り、改めてこれからよろしくお願いいたしますわ」
「勿論だ」
「我が国は、貴女を歓迎いたしますわ、ナディス嬢」
笑い合って頷く国王夫妻、特に王妃はナディスを抱き締めていた腕を話して、少しだけ後ろへと押した。
「へ?」
先ほどの王妃の言葉を聞いて『己を歓迎してくれているのでは』と思ったナディスだったが、背後からぎゅうっと抱き締められて目を真ん丸にしてしまう。
「……へ?」
「いらっしゃい、ナディス」
とても聞きなれた声に、ナディスは肩越しに振り返ってみれば愛しい相手が微笑んでくれている。
ふにゃり、と微笑んだナディスはもそもそと体の向きを変えてから、ぎゅうっとベリエルに抱き着いた。
「ベリエル様、ただいま参りました!」
「うん、いらっしゃい。ようやくナディスがこの国で、全力を発揮できるようになる、ってことだね」
「ええ、ベリエル様がお守りしたいとお考えのこの国を、わたくしも全力を賭してお守りしたいと思っております。お望みのことがございましたら、いつでもお申し付けくださいませね?」
「頼りになるな、俺の奥様は」
嬉しそうに微笑み合いつつ話している二人を見守っていた国王夫妻は、宰相の『こほん』という咳払いを聞いてナディスがはっとすぐさま我に返った。
「……あ」
「あー……ナディス」
ナディスがばっと離れたことで、ベリエル行き場のない手をわきわきとさせているが、ぎろりと宰相から睨まれてしまい、いたずらっ子のように唇を尖らせて拗ねてしまう。
「ベリエル殿下、はしたないですよ?」
「可愛い俺の妃がやってきたんだ、嬉しくないわけがないだろう」
「そういうことではありません! 良いですか、ベリエル殿下は」
「はいはい、王太子ですよ」
滅多に見られないベリエルの拗ねた様子や、さくさくと反論している様子を見てしまったナディスは思わずクスリと笑った。
「……ナディス?」
「すみません、ベリエル様がとっても可愛らしいな、って思って」
「……」
恐らく、ナディスには見られたくなかったのかもしれない。
とはいえ、結婚すればいつかは見せることになるであろう姿なのだから、遅かれ早かれ、ということだ。ナディスは普段見られなかったベリエルの様子が見られたことで、本当に嬉しそうに微笑んでから一歩だけ距離を詰めて、ベリエルの手をぎゅっと握った。
「ベリエル様、わたくしこちらは不慣れなものでして……。是非とも、近々、お休みの日に街を案内していただきたいわ」
「……うん」
ナディスに見られて恥ずかしかったらしいベリエルだが、愛しい妃からのご要望とあれば叶えなければいけないな、と思ったらしい。はにかんだ笑顔を浮かべて、こくりと頷いてからそっとナディスの手を握り返した。
「じゃあ、俺おすすめのカフェに行こう。母上もこっそり行っているんだよ?」
「まぁ……!」
「こら、ベリエル!」
「王妃よ、どうして我を誘わぬ?」
「お、お忍びなのですから陛下はお誘いしませんでしたの!」
わいのわいの話している国王と王妃、もとい国王スヴェンと王妃ブリジット。
ああ、めちゃくちゃ仲がいいんだな、とナディスがほっこりしているとベリエルがナディスの肩をつんつんとつついて自分の方に視線を向けさせる。
「どうなさいましたの、ベリエル様」
「ナディス、ああなっちゃったら父上と母上は自分たちの世界に入っちゃうから、俺たちは移動しようか。宰相、二人に関しては後をよろしくお願いす。王太子妃の顔見世についてはまた後日会議をして決めるとしよう」
「かしこまりました、王太子殿下」
深々と頭を下げた宰相に、ナディスもすっと頭を下げるが宰相が慌てて手を振った。
「いけません、王太子妃殿下! わたしに頭を下げるようなことは……!」
「いいえ、これからお世話にもなりますし、協力して国をより良いものにしていくためにもきちんとしておかないと」
「……殿下、とても良き伴侶をお迎えできたこと、嬉しく思います」
にっこりと微笑んだ宰相に、頭を上げたナディスは微笑み返し、再度小さくお辞儀をしてからベリエルと手を取り合って謁見の間を後にしたのだった。
「そういえばナディス、荷物を転送するときの魔法って……」
「お母さまが手配してくれまして」
ベリエルに問われ、にこりと微笑んで返すナディス。回数は気にしなくても良いとは告げたものの、ナディスの用いた転移回数は少なかった、と聞いている。
思っていたほどの回数ではなかったのだが、そうなるともっと魔力が必要になってくるはず。
「……夫人って、一体どこに手を回したんだい?」
「王家に、らしいですわ」
「え」
きょとんとしたベリエルに、歩きながら事情を説明すれば『あの夫人ならやるだろうな』と納得しているのを見て、ナディスは言葉を続けていく。
「色々迷惑をかけたれた際の、慰謝料替わり、とのことでして。お母さまがとってもうきうきしていましたので、止めることもできず……」
「そうだろうねぇ……」
うんうん、と頷いてベリエルはナディスの手を少し強く握った。
「結果としては、こちらに早く来れたんだから良し、よいうことにしよう。さてナディス……改めていらっしゃい。これからよろしくね」
「はい、ベリエル様。よろしくお願いいたしますわ」
互いに微笑み合って、歩調を合わせて歩いていく二人だったが、背中を城のメイドがじっと見つめていたことには、気付かなかったのだ。