「こちらの王国で婚約者を探せなかった理由、知らないの?」
ナディスはただ冷ややかに、それだけ問うた。
「……」
メイドたちの誰もが、何も話せないまま、答えられないまま、ナディスをただ見つめることしかできない。
「教えてあげましょうか」
艶やかに、ナディスは微笑む。
そして、彼女たちにとってあまりに残酷な台詞を、とても無邪気に言い放ったのだ。
「この国のご令嬢たち、ベリエル様とお話のレベルが合わないんですって」
「……え?」
言っている意味が、分からなかった。だって、この国にだって公爵令嬢はいるのに。この国にだって、頭の回転の速い令嬢はいくらでもいるのに、と必死に考えていたメイドたちだったが、ナディスは決して容赦しない。
「会話をしていると、ご令嬢たちはお黙りになるんですって……。ベリエル様、いっぱいお話したかったでしょうに……残念なこと」
可愛らしく呟いているが、内容はそこそこえげつないことだったりする。
要約してみれば、ナディスはこの国のご令嬢をしれっと『馬鹿』と言っているのだから。
「ああそうそう、ベリエル様がわたくしとの婚約を決めたのは、わたくしが頭の回転が速いから、ですって」
にこ、と可愛らしく微笑んだナディスから発せられる毒。
「それから、わたくし、もう既に王太子妃教育は終えておりますし……それから、王妃殿下や国王陛下にもきちんと、認められておりますので悪しからず」
続けざまに、容赦なく告げられた内容に、メイドたちは今度こそ何の反応もできないままにポカンとすることしかできなかった。更にナディスはとどめを刺してやろうと、倒れているメイドの元にしゃがみ込んで、囁きかけていく。
「ねぇ、よく考えてみてくれるかしら。貴女達、結構痛めつけられているにもかかわらず、それと、大きな音もしているのにどうして誰も、この部屋に来ないと思う?」
「!?」
「そう、いえば……」
大きな物音もしているのに、誰も様子を伺いに来ないなんて……とメイドの顔色はどんどん悪くなっていく。
「なん、で」
「まぁ、想像できないんですの!? ……本当のお馬鹿さんだわ……」
心底呆れたような声のナディスを見上げれば、声と表情が一切リンクしていないナディスと目が合った。呆れたような声なのにもかかわらず、とんでもなく楽しそうに微笑んでいるのだ。
まるでメイドたちの不幸を嘲笑うかのように。
「手を回したから、って気付いている?」
「!?」
一体何を言っているのだろうか、と思ったのも束の間、ナディスはあっという間にメイド三人に治癒魔法をかけて怪我などを全て治したあと、三人揃ってひとまとめにしてからぎちぎちと魔法で拘束してしまった。
「離しなさいよ!」
「ちょっと、何これ!!」
騒ぎ始める毎度を見下ろしたまま、ナディスは困ったように微笑んでから、よっこいしょ、と声をかけてメイドたちの前にしゃがみ直した。
「ねぇ、貴女達って……ある程度身分があるんじゃないかしら、って思っていたのだけれど……平民なの?」
「何言ってるのよ!」
「そうよ、私たちは花嫁修業も兼ねてここに働きに……」
「……そもそも、貴女達って誰に対して失礼なことをしているのか、ご理解なさっていて?」
「は!?」
「誰、って」
「そりゃ、他国から嫁いできた……」
「おう、たいし、ひ」
そこまで聞いて、ナディスはにた、と口端をつり上げたのだ。
「ええ、そうよ」
ゆらりと立ち上がって、ナディスは綺麗なカーテシーを披露してから腕を組んで彼女らを威圧も込めて見下ろした。
「わたくし、ベリエル様との婚姻の日取りも既に決定しているし、こちらの国の言葉も綺麗に話せている王太子妃なの。……で、お前たちは……誰に仕えているメイドかしら?」
そこまで聞いて、メイドたちはようやく理解できたのか、さぁっと顔色を悪くしていく。
王太子妃に仕えるメイドとして仕事を任されたことは、とても嬉しかった。だがしかし、他国から嫁いできた、というだけで偏見の目をナディスに向けていたのだ。
それだけではなく、ベリエルに求婚してあっさりと振られていった令嬢たちが零している愚痴を聞いて、『あの王太子妃はとんでもない悪女だ』というところだけを全て丸っと鵜呑みにしている。だからこそ、ナディスに喧嘩を売ったのだろうが『悪女』ということの意味合いをもっときちんと理解しておく必要があったのだろう。
「だ、だって、お前、悪女、って」
「悪女……?」
きょとりと目を丸くしたナディスは、少し考えてから『ああ!』と心底楽しそうに声を上げる。
そういえばそうだった、と楽しそうにしているナディスが、メイドたちにとっては恐怖の対象でしかなかったのだ。どうして彼女はあんなにも笑っているのか、楽しそうなのか。
「そうね、悪女かもしれないわ! だって、ちょっと祖国の王太子妃をいじめただけなのに……相当な被害者面をするものだから、プライドごとへし折ったのだけれど」
「は……?」
王太子妃のプライドをへし折るだなんて、普通にしていてはそんな単語出てこないし、そもそもそんなバカげたことをしないだろう。
だが、ナディスはあっけらかんと『自分がやった』と告げたのだ。
「何で……」
「何で、って」
そんな当たり前のこと、どうして聞くのだろう。ナディスは困ったように首を傾げつつ言葉を続けた。
「わたくしに絡んできて、こちらに対して喧嘩を売ってきたから買った。それだけでしょう?」
「それだけ、って」
「うそ、でしょ?」
「何、この人」
それぞれが放つ言葉に、ナディスははて、とまた首を傾げた。
やられたらやり返す、そんなの当たり前のことなのに。
「そもそも、王太子妃候補がいるというのに、わたくしを王太子妃候補にしようとしたから、拒否しただけです。やりたくもないんだから、拒否するのは当たり前でしょう?」
もう、メイドたちに反論する元気案んて残ってはいなかった。
とんでもない化け物を敵に回してしまったのだ、とようやくここで思い至った彼女たちは慌ててナディスに対して向き直り、正座をしたかと思いきや慌てて土下座を披露した。
あまりに見事な土下座っぷりに、ナディスもきょとんとしているが、それより目を丸くしているのは、今まで気配を消していたツテヴウェだった。
<はああああああああああああ!?>
「(ツテヴウェ、うるさい)」
耳元で叫ばれたような大声を聞いて、顔を顰めているナディスを見て、メイドはまだ謝罪がたりないか……と頭をフル回転させている。
だが、ナディスは大して彼女たちの様子は気にしておらず、ふぁ、と小さく欠伸をしてから彼女たちに向き直った。
「別に構わないわ、ちょっと最初にお灸をこうして据えておけば、逆らおうなんて思わなくなるでしょう?」
こくこくこく、とメイドは一心不乱に頷き続けた。
これを見たナディスが思うのは、ただ一つ。
「(良かった、下僕が出来た)」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「殿下、よろしかったので?」
「何が」
「お王太子妃殿下ですよ! 何か面倒なことに……」
「それくらい対処できねば、我が国でやっていけるわけがないだろう」
しれっと言い放ったベリエルの言葉に、側近はぎょっと目を丸くした。
「ナディスは、彼女に反発する馬鹿どもを一掃したかったんだろう。何せこの国にはナディスの敵が多い、……が、乗り越えてもらわねばならん」
「それ、は」
そうだ、と側近は頷いた。
ナディスが射止めたのは、グロウ王国の度の令嬢も欲しがっていた地位を手にしている、ベリエルその人。
しかし、グロウ王国の令嬢たちに勝ち目などあるわけがない。
「ナディスは、とても頭が良い。だから問題ないさ」
ベリエルは、ナディスがこの程度ならさくっと片づけるだろうと確信して、任せたのだ。
なお、問題なくメイドの制圧に成功したナディスが、スキップしながらベリエルに報告に来た様子を見て、ベリエルの側近は卒倒しかけたのは、ここだけの話である。