「ねぇ聞いた!?」
「勿論ですわ!」
わいわいとはしゃいでいる令嬢たちが集まっている、とあるお茶会にて。
「ベリエル様、他国から妃を……」
「……どうして私たちではダメですの……」
最近、もっぱら話題になっているのはベリエルが王太子妃を迎えた、ということ。
どうしてベリエルが他国から妃を、というものが大半ではあるのだが、ナディスがうっかり王宮でメイドをシバいた、ということも噂好きの令嬢たちの耳に入っている。
物凄い速度で広がり、結果としてお茶会でナディスの悪評が一気に広まっている。
「全く……他国の令嬢を招き入れるだなんて!」
「しかも年上なんですって!!」
「はぁ!?」
ナディスが年上、ということを聞いた令嬢たちがさらにざわついた。
本人がいないところであれよあれよと悪評が勝手に独り歩きしているのだが、止める人はいない。止められる人もない……わけではないが、止める気がないらしく、上座で優雅にお茶を飲んでいる。
「――どちらにせよ」
かちゃ、と音がしてその令嬢がソーサーにカップを置いた。
彼女はグロウ王国の侯爵令嬢にして、ベリエルの妃候補だったのだが、あっさりとベリエルから『頭の悪い女はいらん』と婚約の打診そのもの拒否された過去のある令嬢だ。
なお、断り理由は先ほどの『頭の悪い女はいらん』である。
ことごとく、婚約の打診をその一言で断ってきたベリエルだからこそ、今回のナディスの存在を許さないという令嬢が多数存在しているのだ。
「此度の件について、王家へと抗議させていただかなくてはなりませんわ」
侯爵令嬢の一言で、わっと令嬢たちが歓声を上げる。
はしたないですよ、と窘められてしまえばすぐにおさまるが、侯爵令嬢はぱらりと扇を広げて視線を王宮の方角へと向けた。
「(……さて、覚悟なさいませね)」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ナディス、これが君の名前で届いているけど……どうする?」
「まぁ、何ですの?」
朝食の席でナディスに渡された一通の手紙。
「あら、これって……」
「封蝋の紋に見覚えがあるかい?」
「ええ、こちらに嫁ぐ前に覚えた家門一覧の中にあります」
結婚式はまだだが、王家全体はナディスを大歓迎しており、今回の婚姻は間違いなく覆らない。
ナディスの顔見せをそろそろしないといけない、とスケジュール調整をしていた矢先に届いた一通の手紙。ふむ、とベリエルは呟いてから困ったような表情を浮かべた。
「……困ったものだ」
「まぁ、ベリエル様。どうかそのように沈んだお顔をなさらないで!」
「すまないね、ナディス。しかし……王宮内で色々あったかと思えば、次は貴族……」
「一応予想はしておりましたので、そこは何も問題ございませんが」
あっけらかんと言い切ったナディスに、給仕のメイドやベリエル本人、更には控えていたベリエルの側近が目を丸くした。
先日、ナディスに対して無礼を働いたメイドの面々は揃って下働きに一気に身分が降下。
城で働いているのだから、平民ではないのでそこそこの身分から始まっているのだが、それが最下層からリスタート、ということになればプライドが見事にへし折れたのだが辞めて逃亡させるという選択肢をナディスが与えるわけがない。
辞めたい、と言ってきた三人に対してナディスはしれっと『嫌ですわ』と返したナディスを見た彼女らは絶望したとか何とか。
恐らく、それが他の貴族の耳に入ってしまったのだろう。
壁に耳あり、障子に目あり。
噂が大好きな貴族連中からすれば、今回のナディスの引き起こした件に関しては『他国から来た王太子妃を叩く要因』になっただけのことなのだ。
それを承知の上でナディスは問題ない、と言い切っているのだろうかとベリエルは考える。
「……ナディス、一応聞いても良いかな?」
「はい」
具だくさんな半熟のオムレツを一口分切り分け、優雅に食べてからナディスは微笑む。
「色々、対策は……」
「それなりに考えております」
ベリエルの問いかけが完了する前に、にっこりと満面の微笑みを返すナディス。
あまりに自信満々な様子に、ベリエルの側近がすっと前に出てくる。
「……ご無礼を承知でご質問いたしますが……」
「まぁ、どうなさいましたの?」
「どのような対策を……と、お伺いしてもよろしいですか?」
「……この手の貴族令嬢のもめ事は、祖国でもよくありましたし。大方、わたくしが他国から嫁ぐことが気に入らない人が一定数いるのだろう、とは思っております。現に、メイドだってどんな噂か分からないような、奇妙な話を信じているようでしたし」
メイドに関する報告書を読んでいたベリエルの側近とベリエルは、『ああそういえば』と納得する。
「メイドたちにはしっかりと灸をすえましたので問題ないかと存じますが……貴族令嬢、特に今回招待状をお送りしてくださったお方に関しては、侯爵令嬢。恐らく、ベリエル様から婚約をお断りされたからかと思います。ですがベリエル様、しかとお断りされたのですよね?」
「勿論」
ベリエルは食事を続けながら、言葉を続けつつ笑みを浮かべる。
「馬鹿は不要だ、って断ったけど」
その一言に、ナディスもついうっかり目を丸くしてしまった。
まさかそんなにも呆気ない断りを入れていたなんて、とナディスも側近もぴしりと硬直している。
「そもそも俺が王太子妃に求めていたのは、『俺と同じ目線で会話のできる女性』だ。それについてこれなかった彼女たちが悪いんじゃないかな、って俺は思うけど」
「…………」
物凄いきっぱり言い切るなぁ、とナディスは思いつつ、ベリエルの側近は『確かにそうだけど……』とぼやいている。求めているものは理解できるけれど、それを全面的にずばり押し出して断るものだから、貴族から僅かとはいえど反感を買っているのは事実。
加えて、ナディスが先日城のメイドに対して加えた制裁の話があれこれと、尾ひれも背びれも色々ついて走り回っているのだ。
「けれど、王家側がナディスの存在を秘匿したことが裏目に出たのかもしれないな……」
「それもありますが、恐らく他国の人間が王太子妃になったことが何よりも嫌なのでしょうね」
「そんなことが!?」
「はー……ご令嬢の考えることはつくづく分からないもんですねー」
「おい、ナディスと俺の会話を遮るな」
不意に話し始めた側近の言葉を聞いたベリエルは、じろりと拗ねたような目で彼を見た。
ありゃ、と側近がおちゃらけたような様子で声を出すが、ナディスは二人を少しだけ困ったような、しかし微笑ましそうに見ている。
「お二人の信頼関係、羨ましいですわ」
「え?」
「はい?」
「ふふ、だってお二人があまりにも息ぴったりなんですもの」
そうだろうか、と二人が顔を見合わせていると、ナディスは『そういうところですけれど』と笑っている。
「まぁ……俺が小さい時から傍にいてくれているからね。息も合いやすいとはもうけど……そんなことより、ナディス」
「はい」
「これから、どう対応するんだい?」
「そうですわねぇ……」
招待状の中身を取り出して内容を読み、一度にこりと微笑んでから中身を元に戻して、傍らに置いてから朝食を食べ進め始めた。
「ナディス?」
「売られている喧嘩は、言い値で買って差し上げなければ……とは思います。こちらの侯爵令嬢……もとい、イザベラ嬢のご招待には応じますわ。何でも、お茶会を開いてくれるそうで」
「そうか。俺にできることは何かある?」
「そうですわね……」
少しだけ考えて、ナディスは笑顔を浮かべたままでこう告げた。
「では、ベリエル様にはちょっと後で乱入していただけますこと? 詳細はきちんとお話いたしますので」
そう言ったナディスは、いたずらっ子のように微笑んでお茶をこくり、と飲んだのだった。