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第63話 お茶会①


 イザベラ・アルクノア。

 アルクノア侯爵家長女にして、グロウ王国の王太子妃筆頭候補になるはずだった、令嬢である。


「……毛色の違う猫を貰ってきたというだけのことよね」


 自室で、ゆったりとした時間を過ごしつつ、イザベラはどこか勝ち誇ったように微笑んでいる。

 ナディスごとき、ちょっと脅してやれば、何事もなく『処理』できてしまうのだから、とそこそこ呑気に構えている。


「他国から王太子妃を迎えるだなんて……。婚姻が確定していることが何だというのかしら、覆せばいいだけの話ですもの」


 ふふ、ととても楽しそうに微笑んで、イザベラはお茶を飲み干して立ち上がった。


「さて、どう料理してくれましょうか……」


 何故だか、勝ちを確信してイザベラは窓の外に広がる中庭の景色を見つめている。さぁ、早くここにやってこい、そう思いながらお茶会の開始時間を今か今かと待ち構えているのだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 時は少しだけ遡って、グロウ王国・王宮。朝食の席にてにこにこ微笑んでいるナディスの言葉に、ベリエルは目を少しだけ丸くしていた。


「後で、乱入?」

「はい」


 基本的にお茶会は令嬢のみが招待されるもの、参加者は女子なのだ、という暗黙の了解がある。

 だから、ベリエルはナディスがお茶会に行くのであれば付き添いができない=誰か信頼できるメイドをナディス付きにしてしまってどうにか対応してしまおうと考えていた、のだが。


「乱入、って」

「言葉通りですわ、そのまま乱入してくださいまし」

「考え合ってのことだろうとは思うけど……」

「はい」


 にっこりと微笑んだナディスは、ベリエルに意味ありげな視線を送る。それを敏感に察したベリエルは微笑み返してから、二人はほぼ同じタイミングで朝食を終えたのだった。


 そして、朝食を終えたベリエルはナディスの部屋の前へと来ていた。

 恐らく、あの場ですぐに言わなかったのはナディスの契約している悪魔・ツテヴウェが関係しているだろうとすぐさま察したからだ。


「ナディス、いるかい?」

「はい、勿論」


 ノックをして室内に声をかければ、明るい声でナディスが出迎えてくれて、部屋の中へと招待される。


「いらっしゃいませ、ベリエル様」

「さて……早速だけど」


 ああ、やはり察してくれていた、とナディスは笑みを濃くしてぱんぱん、と手を叩いた。そうするとツテヴウェがするりとナディスの影から出てきた。


<あの場で出ていくわけにはいかなかったんでね>

「おや、久しぶりだ悪魔よ」

<姫さんの旦那もご健在で何より>


 にこにこと気の合う友人のように会話しているベリエルとツテヴウェだが、ナディスはツテヴウェが放った『旦那』という言葉についつい感極まってツテヴウェの後頭部を遠慮なく思いきり引っぱたいた。


<あだーーーー!!>


 スパン! ととても良い音がして、ツテヴウェは後頭部をおさえて思わずしゃがみ込んだ。


「ナディス!?」

「……はっ、つい」

「え、ええと……何かそこの悪魔が君の機嫌を損ねるようなことを言ったのか!?」

<待って、被害者俺だからな!? 冤罪が過ぎるだろーーーが!!>


 真顔になっているナディスを見て、おろおろとしているベリエルと、喚いているツテヴウェ。結構カオスな三人(?)だが、ナディスはベリエルの問いかけに対して真顔できっぱりと言い切った。


「機嫌は絶好調ですわ。何というか、決まっている事柄ながら……その……」

「うん」

「ベリエル様が、わたくしの旦那様、という事実があまりにも嬉しくて、つい……」

「ああ何だ、そっちか」


 ホッとして笑っているベリエルだが、ツテヴウェは後頭部をおさえたままで二人に対して食って掛かる。


<つい、で叩かれた俺の身にもなってくんね!?>

「悪魔のくせに、みみっちいですわねぇ……」

<そういうことじゃなくて!!>

「何よもう……面倒くさい…」


 何だかんだで、ナディスにめちゃくちゃ懐いているツテヴウェを見て、ベリエルは珍しいな、と素直に思った。

 ここまで信頼関係が築けている人間と悪魔なんて、見たことがない。


「……仲良しだなぁ……」

「いやですわ、ベリエル様。それ、気のせいでしてよ」

<仲良し、っていうか契約だし>


 ねぇ、うん、と頷き合っているナディスとツテヴウェ。いやこれはどう見ても仲良しだろう、と思ったベリエルだが、言葉をそっと呑み込んだ。

 そして、本題を思い出してナディスに向き直る。


「うっかりしていた。ナディス、それでお茶会の件だが……」

「あ、そうでしたわ。ベリエル様に乱入していただくタイミングですけれど……」


 そこまで言って、ナディスはちらりとツテヴウェを見る。


「こいつに、会場の出来事を実況していただこうか、と思いまして」

「ほう?」

「できるわよね?」


 ナディスの問いかけに、ツテヴウェは一瞬目を丸くして、すぐにニタリと笑った。


<出来ない、なんて言うわけない。勿論できる>

「ふふ、そうよね? 出来るわよねぇ、勿論」


 ツテヴウェを信頼しているからこその、ナディスの自信満々の言葉。

 それを聞いているベリエルも、にこりと笑って満足そうに微笑んでいるが、ふと『あれ?』と呟いた。


「ナディス」

「はい」

「その悪魔、できるのは良いんだけど……」

「?」

「割とどこでも行ける感じかい?」


<姫さんが行ったところなら大体行ける>


 ベリエルの問いかけに答えたツテヴウェの言葉に、ナディスも『あらそうだったのね』と返しているから、そこまで詳細を気にしていなかったのだろう。

 思い返してみても、ナディスが行ったことのある場所にしかツテヴウェを送ったことはない。

 嫁ぐ前に、ロベリアの状況を見るために王宮にツテヴウェを送り込んだこともあるが、確かにあそこはナディスの行ったことのある場所だ。


「……そういえば、そうね」

「あんまり深く考えていなかった感じかな、ナディス」

「ええ、悪魔なので割と何でもありだとばかり思っておりましたの」

「それはそうかもしれない」


 うん、と頷き合っているナディスとベリエルを、冷静に観察していたツテヴウェは、二人が似た者同士何だな、と改めて思う。

 ナディスの凶悪性ともいえる過激な一面ですら、ベリエルはあまりにもあっさりと受け入れた。

 そういう意味でも、この二人はきっと惹かれ合うべくして惹かれ合ったのだろう、と言えてしまう。


<まぁ、姫さんと姫さんの旦那がそれでいいならいいけど>


「なぁに? お前にしては気持ち悪いほど物分かりが良いじゃない」


 からかうような口調でナディスがそう言えば、ツテヴウェはぴくりと眉をつり上げた。

 こちらもこっちらで息がぴったりだ、と微笑んでいるベリエル。


 三人とも、ふ、と揃って微笑み合ってからツテヴウェは仰々しく礼をしてみせた。まるで演技をしている役者のように、くるりと一回転してからすっと手を掲げる。


<では、俺が全て良きように計らおう。我が主、我が主の番たるベリエル殿下、二人の思うがままにことを運んでみせましょうぞ>


「まぁ……」

「ははっ、悪魔が味方とあればこれ以上ない安心があるな。……さてナディス、我が妻として無礼な令嬢たちをどうするつもりだい?」

「そうですわね……」


 ベリエル、ツテヴウェ、それぞれの視線を受けて、ナディスは妖艶に微笑む。


「アルクノア侯爵令嬢には、痛い目を見てもらわないといけないから……ちょっと、お灸をすえないといけません。他の令嬢たちもきっと同席するしているでしょうし、皆さまにきちんと思い知らせる必要もありますわ。ですので……」


 そこまで言って、ナディスは笑みを更に濃くした。


「誰がこの国の王太子妃なのかを、しかと思い知らせねばなりませんので、……痛い目にあっていただきましょうねぇ……?」


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