にこかやな雰囲気で開始されたお茶会の席にて。
「……」
「……」
にこにこと微笑んでいるナディスとは対照的に、ひりついた表情を浮かべている令嬢たち。
イザベラを筆頭に、この国の代表ともいえるべき名家のご令嬢たちが勢ぞろいしているのだが、全員がナディスを険しい顔で睨んでいる。
「……まぁ、怖いこと」
ナディスが笑顔を張り付けたままでそう呟けば、ばん! と机を叩いたことで大きな音が出たものの、それをやった令嬢は勢いよく立ち上がってギロリと先ほどまでよりもきつく睨みつけた。
「あら、何ですの?」
「何ですの、じゃないわよ!!」
あまりに飄々としているナディスに、イザベラが真っ先に噛みついた。
「貴女のせいで、わたくしたちはベリエル様の伴侶となり得るチャンスを失ったのよ!?」
「そうですか」
「どうして他国の令嬢なんか……!」
「……」
ふむ、と少しだけナディスは考える。
そもそも、この令嬢たちが選ばれなかったのは至極簡単な理由からなのに、どうしてナディスにここまで絡んでくるのだろうか。
城でナディスに仕えてくれていたメイドたちだって、同じこと。彼女たちだって、そこそこの立場を持っているにも関わらず王太子妃として選ばれたナディスを嫌悪し、排除しようとした。
「(まぁ、あの女たちはこちらの言うことをきちんと聞くように『教育』いたしましたけれど)」
ナディスだって、自分から好んでベリエルの元に嫁ぐ、という選択をしたわけではない。家族に選出してもらった新たな婚姻相手の候補だったのだが、何せ双方の好みなどが見事に一致したからだ。
グロウ王国の王太子妃教育も、ナディスの祖国の王太子妃教育も、内容は違えど求められていたものはほぼ同じ。
ナディスは二度目だったからこそ、他国であろうとも王太子妃教育をこなすことができた……ことが王太子妃教育をこなすことのできた理由の一つではあるが、一番大きな選出理由は『ベリエルの好み、求めるものに一致したから』である。
そもそも、ベリエルの頭がある意味で良すぎてしまったことが、この国の王太子妃選出に時間がかかってしまった一番の原因。
ベリエル本人に聞いてみても、こう返ってくるのだ。
「その人は、俺よりも賢いのかな?」
――と。
如何せん、ベリエルはとても頭が良い。
幼い頃から、王子教育を終えた後の自由時間に専門書を読みあさっていたことや、教育担当の教師陣にあれこれ質問していたことで、必然的に知識量は大幅に増えた。
その会話に対応できたのは、ナディスだった、というだけである。
「……あの、よろしくて?」
薄らと微笑みを顔に張り付けたまま、息も荒く未だナディスを睨みつけているイザベラをはじめとした令嬢たち。
そういうところだって、選ばれない原因の一つでは?と指摘したかったけれど、そもそも論のところから指摘して、理解させないと意味がないだろう。
「まず第一に……ですが」
ナディスは出された紅茶のカップを持ち、口元に近付けた。
一口、口に含む前に問いかける。
「ベリエル様の御好みを……ご存じ?」
「……は?」
一体何を言い出すのか、と訝し気な顔になる令嬢たちは、ナディスの言っている意味を理解していないようだ。
「だって」
紅茶を飲んでみれば、舌にびりりとした嫌な感触があった。
ああ、毒か。
そう思った瞬間に、ナディスにはオートで解毒魔法がかかったのである。
「……ベリエル様の好きなタイプって、頭が良い人。……もっと詳しく言えば、ベリエル様と同じレベルで会話のできる人、でしょう?」
「……う」
ナディスの言葉に令嬢たちは揃って苦虫を噛みつぶしたような顔になってしまった。
「皆さま、確かベリエル様の妃候補として一度はお名前が挙がった方々かと存じます」
全員が、っタイミングはバラバラだとしても個々に頷く。
実際、そうだから肯定するしかないのだろう。
「……しかし、断られた。それは、ベリエル様が直接的にお断り申し上げたのではなくて?」
可愛らしく首を傾げて問いかけるの言葉に、皆が胸をえぐられたかのように『うぐ』という奇妙な声を上げている。
しかしその中に、一人だけ妙に冷や汗をかいている令嬢がいた。
「(……ええ、そうでしょうね。わたくしがケロッとしているから、死なないのが不思議でしょうがないんでしょう)」
とても顔色が悪いのを見て、ナディスは一瞬だけその令嬢に視線をやって意味ありげに微笑んでみせれば、大げさに肩を震わせてしまった。そんなに怖がらなくても……と思うけれど、早々に死ぬか、あるいは倒れると思っていたのに何もないから、そちらの方が怖いのだろう。
「お断りされたのに、わたくしがっ他国から嫁いでくれば……まぁ、面白くないでしょうね」
「そ、そうですわ!」
「貴女、身の程を……」
「でも」
令嬢たちが更に言い募ろうとしたところで、ナディスが一言発し、彼女らを黙らせた。
「どうしてこれまでに、もっともっと努力をなさいませんでしたのかしら」
紅茶のカップを置いて、先ほどとは全く異なる質の笑みを浮かべながら全員をゆっくりと見渡してくるナディスを見て、令嬢たちは顔色を悪くした。
「ベリエル様は、きちんと努力の証を理解してくださいますわ。でも、あなた方は……一度、お断りされたからと言って、その後、何かの行動を起こしましたか?」
場の空気が、少し変わった。
「それに、皆さまは……もう一度ベリエル様に婚約の打診などを行いました?」
ナディスの言うことはごもっともだが、一度断られたものをもう一度、だなんて虫が良すぎてしまうのではないか、とも思ったから何も言えなかったのだ。
それに、ベリエルが断った。つまりは王家から断りを入れられたのだから、無理だろうと勝手に決めつけて何も行動を起こさなかったのは、ここに集まっている貴族のご令嬢たちだ。
「まぁ確かに、ハードルはとても上がってしまったのかもしれませんが……諦めたのは、皆さまが先ですわよ……ねぇ?」
ナディスの圧が、じわじわと広がっていく。
「……最初から……ベリエル殿下と会話が成り立って、恥ずかしい思いをしなかったお前に、何が分かるというのよ!」
しかし、その圧を乗り越えてイザベラは悲鳴のように叫んだ。
「わたくしたちだって、諦めたくなかった! だから、お茶会にも参加して、またもう一度機会をいただこう、って……そう思って必死に努力をしていたわ! それなのに!」
ぜぇぜぇと息をして、ナディスを見据え、またイザベラは口を開いた。
「分からないでしょうね! この惨めな思いなんて!」
もう一度続けようとしたところで、ナディスがわざと、大きく息を吐いて、こう続けた。
「分かりませんわね、そんなコンプレックスまみれの思考回路なんて。ああ、正確に言えば、分かりたくもありません」
「……っ!」
「そちらが勝手に抱いているコンプレックスを、わたくしにぶつけないでいただけませんこと? それに……」
もう一度、ナディスは息を吐いてから、こう続けた。
「お茶会に参加して、ベリエル様と会話をして、それでもお断りされているということは……ただ単に努力が足りなかったことの証明ではありませんか。ああ、何て馬鹿馬鹿しいお話ですこと!」
もう、それがとどめになった。
確かに勉強もした。
だがベリエルは、その上をいく勉強を常にしているのだから、いつまでたってもその間が埋まることなんてなかった。それだけだったのだ。
そして、今それを、ナディスにまざまざと見せつけられることになったのである。