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第66話 圧倒的勝者


「さて皆さま、ご自身の状況など、諸々についてお分かりいただけまして?」


 恐らくこの中で一番立場が上であるイザベラが敗北を認めたことで、形勢は逆転したどころかグロウ王国令嬢たちの負けが確定した。

 反論したくても、ナディスはとても的確に、彼女たちの弱点を突いてくるのだから、ああいえばこういう、がまさしく体現されていると言っても過言ではない。


「……まぁ、皆さまだんまり?」

「……っ」


 困りましたわねぇ……とナディスが呟いていると、令嬢たちの視線が一気に背後へと向けられていることにナディスは気が付いた。


「?」


 恐らく、彼女たちが視線を向ける、しかもナディスのことを無視できるだなんて相手は一人しか思い浮かばない。


「わたしのナディス、困っていることはないかい?」

「まぁベリエル様、どうしましたの?」


 乱入してくれ、とお願いしていたけれど、まさかこのタイミングだとは思っていなかった。

 てっきり、さっきの諸々の応酬の際にやってきてくれるかと思っていたのだが、ベリエルには思うところがあったらしい。ナディスが少し考え込んでいると、ナディスの頭にベリエルの大きな掌がぽふ、と置かれた。


「……?」

「色々心配だったけど、良かった。大丈夫そうだね」

「まぁベリエル様、お越しになるのであれば言っていただけましたら……」

「驚かせたかったんだよ」


<はー、姫さんいけしゃあしゃあと言うねぇ。マジで演技うまいわ>


 聞こえてきたツテヴウェの声はあえて無視をしておいたが、帰宅次第尻尾でも引っ張ってやろうか、と思うだけに留めておいた。

 だが、しかし。


<姫さん聞こえてるって>


「…………」


 んん、と軽く咳払いをしたナディスは密やかにほくそ笑んで、ツテヴウェに念話を送る。


「(わざとよ)」


<でしょうねぇ!>


 この会話はベリエルには聞こえていない。

 だが、ナディスの様子を見ている限りでは、きっと何か楽しい会話をしているんだろうと勝手に想像しているベリエルは、ナディスの頭をよしよしと撫で続けながら、艶やかで触り心地の良い髪の毛の感触を楽しんでいる。

 その空気は、全てにおいて二人だけの空間が出来上がっていて、どうやっても入り込めないことだけは理解できる。


「……っ」


 ああ、その笑顔を自分にも向けてほしかった。

 ナディスのように、『わたしの〇〇』と言ってほしかった。


 叶わない願いだけが、ここにいる令嬢たちの心の中を占めていく。


 だが、後悔しても時すでに遅し。

 自身が努力をしていれば、きっと叶ったかもしれない可能性の一つが目の前にあるのだ。もしも、きちんと努力をしていれば……今、ナディスがいる位置に、自分自身がいたのかもしれないから。


「ナディス、……様」


 ようやく、といった風に絞り出したイザベラの声は、とても小さかった。

 しかしナディスはしっかりとそれを聞いて、ふとそちらに視線をやった。なお、ベリエルはナディスの頭を撫で続けている。


「……」

「何ですの?」


 ナディスは微笑んでイザベラに問いかける。


「……本当に、ごめんなさい」


「(あら)」

「(へぇ)」


 ベリエルとナディスは、イザベラの様子を見て二人で顔を見合わせた。


「わたくしたちの……考えが、そもそも間違っておりました」


 きっと、イザベラは根は素直なのだろう。

 何が良くて何が悪いことなのか。


 周りの令嬢たちはとてもバツの悪そうな顔をしていて、イザベラをけしかけたことは容易に想像できる。この中で最も権力を有しているのがイザベラで、王太子妃候補にも選ばれたことがあるからと、彼女のプライドを突っついたことでナディスをどうにかできると思ったのだろう。


 しかし、相手がそもそも悪い。


 ナディスはこのグロウ王国に嫁いでくる他国の令嬢であると同時に、祖国では公爵令嬢。血筋を辿ればかつての王家の王弟だったり、王配を排出したりしている名家中の名家。

 祖国では王太子妃候補に選ばれたけれど、そもそもナディスより先に王太子妃候補に選ばれた令嬢がいたというにも関わらず、ナディスが王家のごり押しで候補に選ばれたという、とばっちりを受けた可哀想な令嬢、という認識なのだ。


 もっとも、これはナディスやナディスの両親を含め、ヴェルヴェディア公爵家の本家分家問わず、権力総動員して情報操作をしたおかげで国内で語り継がれている逸話にまでなっている。

 王家はこのおかげで肩身がとても狭いらしいが、ヴェルヴェディア家の知ったことではない。

 公爵家だからこその権力総動員、ということをもう一度すれば、王家そのものをひっくり返せる力だって持っているのだから。


「わたくしが、とんでもなく浅はかでした」

「まぁ……」

「そうでしょうねぇ」


 イザベラの言葉を聞いて、ナディスとベリエルが二人とも何とも言えない表情になって頷き合っている。それを見たイザベラは『うぐ』と悲鳴なのか何なのか分からない声を出していたけれど、こほん、と咳払いをして続けた。


「……頭が良い、と言われても……その、どの辺まで知識を得ればいいのか分からなくて……」

「ああ、なるほど」


 そうか、とベリエルは納得したように頷く。


「明確な指標が欲しかった、ということかな?」

「はい」


 少しだけ落ち着いたらしいイザベラは、こくりと頷いてからまた言葉を続ける。


「それがあれば、もしかしたら……という思いや、どうして他国の令嬢を、という思いが先走ってしまいまして……」

「でも、その指標って」


 ベリエルがまたナディスの頭を撫でながら、困ったように口を開いた。


「……わたしの求めるものは年々高くなるよ?」

「え?」

「だって……」

「ベリエル様が知識量を常に増やしているんですもの、当たり前ではなくて?」


 ナディスの言葉に、ベリエルは満足そうにしている。ということは、ナディスは一体どうしているのかと考えて、慌てて彼女を見れば、はて、と不思議そうな表情でこう続けた。


「当たり前のことですが、わたくし日々のお勉強は欠かしませんわよ?」

「…………ですわよね」


 しれっと、それが当たり前だと言われてしまえば、成す術もない。

 ナディスはベリエルと知り合って、既に持っている知識に更に上乗せをするかの如く勉強に勉強を重ねた。


 愛の力、恐るべしである。


 恐らく、ベリエルとの婚約がなければ、ナディスはここまで必死に勉強をしなかったかもしれない。

 通常の予習復習に加え、ベリエルにつけている教師陣と同じメンバーをナディス自身にもつけてもらった上で、王太子妃教育を行いながら外交の状況などもきっちりと情報収集していたのだ。

 あくまで、当時はまだ王太子妃としての勉強途中なことに加え、ナディスが他国に籍を置く令嬢であったことから、外交へは積極的に参加できなかったのだが、今となっては話は全く別物なのである。


「ちなみに、今って……」

「こちらに来て、あまり経過しておりませんが……そうですわね、王妃殿下にお願いしてこれまでの外交状況など情報収集をしたうえで、現在の案件に関して改善案がないかどうか。更には貿易をしていない国にも何かアプローチできないかを考えておりまして……」

「ちょっとお待ちになって」

「はい?」

「それ、王太子妃教育をしながら……?」


 きょとん、と目を丸くしたナディスはふるふると首を横に振って否定をする。


「まさか、そんなわけありませんわ」

「で、ですわよね!」

「王妃教育を行いながら、です」


「え……」


 えええええ!! と叫ぶ令嬢たちを見ながら、ナディスは心底楽しそうに微笑んでいるのであった。


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