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第67話 規格外でした


 王妃教育。

 当たり前だが、王太子妃教育を完了させないと進むことのできない、高等教育。

 いいや、高等教育というには足りないくらいのレベルの高さのものであり、次期王妃たり得る者だけが取り組むことのできるもの。


「う、そ」

「あら、嘘なんかついても何の、誰の得にもなりませんわ?」


 にこー、とナディスは大変ご機嫌な様子で告げる。

 それはそうだろう、嘘をついたところで得をする人が誰一人いないのだ。


「ナディスは母上からの期待値もとても高いからね、わたしも鼻が高いよ」

「ベリエル様に褒めていただけるのであれば、わたくし何でも頑張りますわ」


 なお、この言葉に嘘は一切ない。

 ナディスの一途さ、こうやると決めたらそれに向かってひたすら突き進んでいくその猪突猛進っぷりに関しては、きっとグロウ王国には右に出る者は絶対にいないと断言しても良い。


「あ、あなた」

「はい?」

「ナディスに何か言いたいことでもあるのかい?」

「……勉強……って」

「普通にやりました」


 笑顔のままで告げるナディスは、嘘をついているようには見えない。本当のことしか言っていないだろう。

 だがしかし、だ。

 それにしては、こう、全力の出しどころを違えて……いないのだが、今ここでがっつり出すものか、とイザベラは頭を抱える。何やら本気で悩んでいるらしいイザベラを見て、ナディスはどことなく思う。


 ――このひと、なんか、可哀想……と。


 イザベラは同情されることが嫌いなのだが、これに関しては同情しかできないであろう。


「あ、あの……イザベラ嬢?」

「ナディス、手心を加えようとしたり、それか、あんまり同情とかしちゃいけないよ?」

「でもベリエル様」


 困ったように眉尻を下げるナディスは、ベリエルにとって、とても可愛らしい女の子で将来の妻。だから、ついつい甘くなってしまいそうになるのだが、イザベラはこの国でも指折りの大貴族の娘なので、あまり手心を加えるわけにはいかない。


「勉強しても勉強しても追いつけないって、可哀想でしょう?」


「ぐっ……!」


「……うわぁ」


 その場にいる令嬢全員が、とは言いすぎかもしれないが、心当たりがある面々ばかり。心当たりのある令嬢は皆揃って胸を押さえて、大変苦しそうな顔をしている。


「な、ナディス……あの」

「本当のことですわ?」

「……うん……そうだね」


 手心を、と言ったのはベリエルなのだがここまでナディスの言葉の刃が容赦ないとか思っているわけもなく。

 とんでもない威力で令嬢たちにぶっ刺さるわ、令嬢のお付きの従者たちにももれなく聞こえているので、その従者たちですら離れたところで、『なんてことを言うんだ……!』と顔に書いてあることが分かってしまう。


「ナディスはとっても努力家だから」

「大好きなベリエル様のためですもの」


 ここでまた更に追加の攻撃。

 ベリエルと結婚したい=努力を惜しんではいけない、というのがナディスの考え。


「だから、努力をしてベリエル様に釣り合うような知識の習得、そして礼儀作法や王宮での作法の習得に加え、グロウ王国の歴史から学ぶ諸国との付き合い方。学ぶことが多いのは当たり前のことかと存じます」


 先ほどの笑顔は消え、真顔で淡々と告げるナディスは、当たり前だが背筋がしゃんと伸びている。

 ベリエルに頭を撫でられている時とは全く雰囲気の違っているナディスを見て、そしてナディスの言葉を聞いて、令嬢たちは今度こそぐっと押し黙って何も言えないまま俯いていた。


「……まぁ、わたくしの考えなので他の人もこうだとは思いませんが。しかしながら、努力はして当たり前のことであり、『努力をしました』と誇るものなどではございません」


 笑顔から一転、真顔で告げるナディスの言葉にベリエルが満足そうに頷いている。

 ここまで言われてしまい、言葉でも、そしてナディスとベリエルの絆の深さを見ていれば、叶うはずがないと理解できたから、令嬢たちはイザベラに従って頭を下げ直した。


「……あら」

「おやおや」


 皆がナディスに、今度こそ頭を下げて申し訳なさそうにしているのを見れば、最早誰も敵うはずがないことを理解する。

 思ったりより令嬢たちのメンタルが弱かった、というよりかは、何かを反論しようとしてもナディスがことごとくたたき潰していくものだから、最早何もいうまい、という空気を蔓延させた。


「ナディス、きちんと君の価値を認めさせることが出来たみたいだね」

「そうですわねぇ……」


 少しだけしょんぼりしているナディスを見て、ベリエルもイザベラも、不思議そうにしている。

 ここまで徹底的にやっているのだから、ナディスのこの性格故に満面の笑顔で『相手にもなりませんでしたわね!』とかいう言葉が飛んでくるのかと思えば、何故だかしょんぼりしているナディス。


「ナディス、どうしたの?」

「……いえ、その……」


 しょぼん、としているナディスは、先ほどまでの凛とした雰囲気はどこへやら。

 ベリエルとイザベラ、別に仲が悪いわけではなく、社交界で合えば普通に会話もするので、二人で顔を見合わせてはて、と首を傾げていれば、ナディスがしょんぼりしたままで口を開いた。


「……皆さまが実力行使に出ても良いように、色々準備をしておりましたのに……」

「色々、って」


 問いかけてくるイザベラを見て、ナディスはすっと手を上げてある植木を指させば、無詠唱でその植木だけをピンポイントで灰にした。


「……え」

「ナディス、あれは」

「いえ、ちょっと見せしめにお顔に火傷でも……と思っておりましたが……」


「(逆らわなくて良かった……!!!!!!!!!!!!)」


 なお、やろうとしていたらしい令嬢は、この場の中で一番顔色を悪くしている。

 恐らくナディスに対して魔法攻撃を仕掛ける準備でもしていたのだろうが、やらなくて、良かった。それが正解だ。


 やっていたら、ナディスは本当に言葉通り『容赦なく』令嬢を叩きのめしていただろう。

 勿論、ツテヴウェの魔法による防御だってきちんと作動していただろうことには間違いないが、ナディスの反撃が恐らくその上を行ってしまうので、やりすぎ、と言われかねない。

 昔のナディスならば、間違いなくやっていたが、この言葉合戦にうっかり負けていたら実力行使ですわ!と叫んでやらかしていたかもしれないが、そもそもナディスは口も大変強い。

 メイドに関してどうしてあそこまでやったか、と王妃に問われたナディスはしれっと『いくら貴族令嬢といえど、召使いであるのだからきちんと分かっておかなければいけない。だから、遠慮なくやりました』と真顔で告げた。

 なお、それを聞いた王妃がこっそり震え上がったのは言うまでもないが、そこまでやるほどナディスが相当ブチ切れてしまったのもまた事実。


「ベリエル殿下、ナディス様と末永くお幸せになさってくださいましね」

「ん? あ、ああ」

「でなければ、わたくしたち、親に何て言っていいのか分かりませんもの」

「……そうか?」

「はい、だって……」


 イザベラはじっとナディスを見つめていると、ふとそちらを見たナディスと視線がかち合った。そして、視線が合ったと同時に、ナディスが不思議そうに首を傾げた。


「こんなに素敵でお強い方を、我が国の王太子妃に選出されたのはベリエル殿下です。選んだ以上、……しかも他国のご令嬢なのですから、目一杯幸せにして差し上げてくださいませね」

「ああ、なんだ……そんなことか」


 はは、とベリエルは楽しそうに笑ってから、笑顔で頷いてみせた。


「無論、ナディスはいついかなる時だって、わたしが幸せにしてみせるさ」


 笑って自信満々に言うベリエルは、ナディスに向かって微笑みかけたのだった。


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