「ナディス、よろしいかしら」
「はい、王妃殿下」
扉がノックされ、ナディスは声の主に反応して自ら出迎えて部屋へと招き入れた。
声の主はグロウ王国王妃・レティシア。
最初、ナディスが嫁いでくる、その前に『王太子妃としてナディスをグロウ王国へと迎え入れたい』という申し出をベリエルに申し出られた時に、他国の令嬢を迎え入れるなど……と一度は反対した人物。
「ごめんなさいね、貴重なお休みの日なのに」
「いいえ、問題ございませんわ。どうなさいましたの?」
「貴女のウエディングドレスについて、もし良ければ……という提案をさせていただきたいの」
「ドレス、ですか」
はて、とナディスは首を傾げた。
そういえばベリエルから、『ドレスのことで母上から提案があるかもしれないから、是非とも聞いてあげてほしい』と頼まれていることを思い出した。なお、本日ベリエルは他国へと出向いており留守にしている。
「ええ。我が国に伝わるドレスがあるんだが、とわたくしも陛下から聞いてね」
「まぁ! では王妃殿下もご着用なされましたの?」
「それが……」
レティシアは、ナディスの問いかけに少しバツが悪そうな顔をする。
「……?」
「わたくし、着用出来ていなくて……」
「え?」
「わたくしも実はね、他国からここへ嫁いできたものだから……祖国に伝わる伝統的なドレスを着用してほしい、とわたくしの両親から言われてしまって……。先代国王夫妻からもその提案を受け入れていただきましたけれど、ベリエルの結婚式には是非とも着用してほしいと……その……」
「ああ、なるほど」
レティシアが困っている様子がすぐに分かったので、ナディスはすぐに察した。
つまり、先代の国王夫妻が『孫の結婚式には伝統的な衣装を着用している、若き次代の国王夫妻を見たい』とでも言ったのだろう。
「王妃殿下、わたくしはそのご提案、お受けいたしますわ。ですから、どうかそのように不安なお顔をなさらないでくださいまし」
「ナディス……!」
「でも、そんなにご遠慮なさらなくても……言っていただければすぐにわたくしは……」
「デザインがね……」
「デザイン?」
「そう」
はあああ、とレティシアはとてつもなく深いため息を吐いて、ナディスに一緒に来るようにと手招きをする。
どこに行くのだろうか、とナディスはレティシアに導かれるままに歩き出し、部屋を出て王宮の回廊を歩いていく。長い回廊を進んで行くと、どうやら向かう先は恐らく宝物庫の方では、ち首を傾げる。
「あの、王妃殿下……こっちって……」
「……ええとね……」
合っていた。
到着した場所は、グロウ王国の王宮深くにある、宝物庫。
重厚な扉の先には、代々この王国に伝わるとされているこの場所に、ナディスも来たことはなかった。ベリエルからはそのうち来ることになるかも、とは聞いていたけれど、それより先に案内したい場所があるからと後回しにされていた場所でもある。
「……ま、さか……」
ぎぎぎ、と重い音が響いて開いた先にあったのは、言葉通りの金・銀・財宝。
そればかりではなく、ケースで保管されているジュエリーだったり、かつて制作されたものであろう甲冑、それに合わせた剣など、ありとあらゆる財宝が保管されているではないか。
「王妃殿下、ここにあるっていうことは……」
「ナディスの察しが良くて、わたくしとっても嬉しいわ……」
どことなくげっそりとしている王妃の顔を見れば、代々伝わるドレスがいかに重要なものなのかはナディスもすぐに理解した。
そして、案内された先にあったのは一着のドレス。
「これは……」
まず、形はナディスの好きなAラインだった。
しかし問題(?)はドレスに既についている装飾品の数々。
ドレスの袖口には細かなラインストーンが縫い付けられているかと思いきや、よくよく見ればそれらは全てダイヤモンド。
首回りには勿論ダイヤがついていることに加え、腰から薄いヴェールのような透け感のある生地があることで、ドレスに動きが追加されることは言うまでもなく、腰の部分にはベルトのようなものが一体化されており、そのベルトのようなものに使われている金属については恐らく白金。
こまかなパーツも色々あるのだが、それらの留め金としてちりばめられている金属は、白金に加えて黄金もあるのだろう、
「……何というか、その……とても、煌びやか、ですわね……?」
「ナディス、はっきり言っても良いのよ?」
「派手ですわ」
レティシアに言われた直後、ナディスはスン、と真顔になってはっきりと言い切る。
とはいえ、これの着用を望まれているのであれば受けて立ってやろうと思ったナディスだが、ふと思い至る。
「(でもこれ……わたくし問題なく着用できるのでは?)」
これまで控えめなデザインのドレスばかりを着用していたナディスだが、顔だちがとっても派手なので、普通のメイクをしただけでもきらきらとした派手な顔立ちになってしまう。
意識的に化粧を気を付けていないと、ケバいだけのギンギラギンなご令嬢が完成してしまうのだが、このドレスを着用するためには恐らくそうしないと駄目なんだと察した。
「あの……王妃殿下」
「分かっているわ、こんなにもギラギラしたドレス、貴女に無理強いを……」
「いいえ、そうではなくて」
「先代ご夫妻にはきちんと……」
「これ、着れますわ」
「…………え?」
「ですから、王妃殿下。わたくしであればこれ、着れましてよ?」
「着れるの!?」
「はい」
にこ、と微笑んでくれるナディスが、今のレティシアにはとても心強く見える。
だが今のナディスは、ナディス自身がめちゃくちゃ頑張って超薄いメイクにしているから、似合うとは言い切れなかった。
「……本当に?」
「試着、いたしましょ?」
微笑んでいるナディスは、この瞬間に決意した。
ああ、そうだ。
自分が何と言われていたのかを思い出せばいい、そうすればこの国で非の打ちどころのない次代の王妃として、周囲に見せつけることが出来る。
――稀代の悪女、だけではない己の通り名を、フル活用してやればいい。
「でも……」
「問題ございませんわ、王妃殿下。とりあえず、こちらを一旦外に出しても問題ございませんか?」
「……問題はないわ。……そうね、では一応デザイナーを呼んでおきましょうか」
「お願いいたします」
この瞬間、レティシアの目には、ナディスのことが後光のさす女神に見えたとか、何とか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……まぁ」
「ほう」
「あらあらまぁまぁ!」
「ふむ!」
三者三様、ではなく四者四様の反応に、ナディスが艶やかな微笑みを浮かべてみせる。
「何で素敵なんでしょう!」
「ベリエルよ、さすが我が孫! 女性を見る目は確かじゃ! はっはっは!!」
目をキラキラを輝かせているベリエルの祖父母。先代の国王夫妻なのだが、これを着こなせるご令嬢がいるなんて! と手放しで喜んでくれたことに加え。お茶会をしつつ会話をすることでナディスの知識の豊富さを目の当たりにしてから更にご機嫌になった。
そりゃまぁこのギラッギラな婚礼衣装を着こなせる令嬢がいるだなんて思っていなかったことに加え、そのご令嬢は孫が連れてきた結婚相手で既に王太子妃教育を全て履修完了しているという才女だというではないか。
「お気に召していただけましたでしょうか?」
「ナディス、何て素敵なの!」
レティシアは言うまでもなく国王であるキースもご満悦なご様子。
うんうん、とレティシアの隣で頷いており、ナディスはそんな国王夫妻に対して綺麗なお辞儀をした。
「良かった、陛下と王妃殿下にお喜びいただけましたこと、わたくしの至上の喜びにございますわ」
「んもう……この子ったら!」
「いやはやしかし、メイクを変えるだけでこんなにも変わるものだとは!」
いいえ陛下、これが通常なんですの。
ナディスが心の中でこう告げたことは、きっと国王夫妻は知る由もなかったのだが、続いてベリエルの祖父母に対して向き直って、グロウ王国で目上の人に対して行う最上位の礼をしたナディスを見て、二人は更に喜んだ。
「……まぁ! その礼も習得していたの!?」
「ベリエル様のおばあさまとおじいさまに対して、無礼のないように……と考えておりましたが故でございます。ましてわたくしは他国より嫁ぐ身でございますれば、礼儀作法は完璧にしておいて当たり前というもの」
「ほう……素晴らしき心がけであるな」
「何と勿体なきお言葉でしょう……わたくし、大変嬉しく思いますわ」
ナディスは顔を上げて心の底から嬉しそうに微笑み、すっと姿勢を元に戻した。
「少しだけメイクを変えてみましたら、わたくしにも着用できるのではないかと思いまして……。試してみて正解でしたわ」
うふふ、と可愛らしく微笑んでいるナディスを見ている四名は、とってもご満悦だ。
<姫さん、それが普段の化粧じゃないっけ?>
「(そうよ)」
<ニンゲンって単純なんだな……>
「(念のために、ベリエル様に常に薄いメイクにしておいて良かった、ということね、わたくしナイス判断ですわ)」
この会話をしていても、ナディスは微笑みを欠かさないどころか、体幹がぶれないように背筋を伸ばしてまっすぐ立ち、四人が何かを言えばすぐに対応できるようにしている。
「ねぇナディス嬢、そのままゆっくり回ってみてくれる?」
「はい、こうでしょうか?」
ベリエルの祖母のリクエストのままに、ナディスはゆっくりと大きな動作でくるりとその場で一回転する。
そうすると、ドレスの裾がふわりと浮き、ちりばめられたダイヤモンドが室内の明かりを反射してキラキラと輝いていた。
「まぁ……」
「素晴らしい……」
動き方もお気に召したようで、ナディスはほっと安堵する。
「父上、母上、ナディス嬢に合わせて少しサイズ調整をした方が良いのではないだろうか?」
「そうね、少しだけ……ウエストをつめて、あとは丈を出しておいた方が良いかもしれないわ。これにハイヒールを合わせるのだから、ちょっと長い方が会場では美しく見えることでしょうから」
「そうだ! ナディスがつけるティアラやその他のお飾りも準備しなくちゃいけないんですよ!」
話がまとまるか……? と思った矢先に王妃が慌てた様子で立ち上がる。
ティアラ、という単語にナディスの脳裏には『まさか婚姻道具や衣装、フルセットで……?』と過るが、まさにその通りだった。
あれよあれよと宝物庫から、色とりどりの宝石をちりばめたティアラや首飾りをはじめとした、ありとあらゆる装飾品の数々が出てきて、ナディスのあちこちにあっという間に着用されることになってしまった。
「……わ、わぁ……」
思わず呟いたナディスだったが、どれもこれも一級品を超えるような宝飾品の数々。
実家が公爵家とはいえ、一級品を飛び越えて特級品を超える品物ばかりを身につけることになったことなんて、ほぼ皆無。
さすがは王家、と言わんばかりの品々に、ナディスはただただ感心するだけだったが、それだけ自分のことを認めてくれているのだと思えば、胸のあたりがじわりと温かくなったのだった。