「ひっさしぶりの、リンディ国へ帰ってきたわよー!」
暫くオスキャルと隣国へ行っていた私は、久々に帰ってきたことを喜びながら王城へと入る──が、誰も出迎えに来ていないことにキョトンとした。
いや、出迎えがないのは『幽霊姫』である私からすればそこまで珍しくないのだが。
「お父様かお兄様、お姉様たちは……まぁ別として。そのふたりくらいは出迎えてくれると思ったのに」
「国王陛下と王太子殿下ですよ、そのふたりが出迎えにくるってとんでもないことですからね」
「でも誰もいないわねぇ」
「まぁ、溺愛しているエヴァ様なので、陛下か殿下の側近くらいは迎えにこさせているかとは、俺も思ってたのですが」
門をくぐったところでぽかんと顔を見合わせる。
「暫く留守にしたせいで私だけでなくオスキャルまで幽霊騎士とかになったのかしら」
「え、それちょっと格好いい……じゃなくて。そもそも護衛騎士には迎えは来ません。とりあえず部屋に戻りましょう」
私たちの荷物を片手で持ち上げたオスキャルの言葉に従い、「忙しかったのかしら」なんて話ながら王城の中へと足を踏み入れた。
人通りがないとは言わないが賑わっているとは言えない王城内。
もちろん様々な貴族が行き交っている区画ももちろんあるのだが、今私たちが向かっているのは私の私室。言わば王族のプライベートスペースだ。
(だから普段はメイドくらいしか歩いてないはずなんだけど)
それなにに何故かかなりの人数が行き交っていることに愕然とした。
私たちが戻ってきたことに誰も気付かないくらい、バタバタとみんな走り回っている。いつもいるメイドだけでなく、侍従や執事、従僕から何故か庭師に料理長までもが持ち場を離れて走り回っていたのだ。
「どうなっているの?」
「わかりません。見た限り全員王城に勤める者たちのようですが」
そう口にしたオスキャルの表情が険しい。彼もこの異変に戸惑っているのだろう。
いつどういった状況になっても対応できるように、とオスキャルが警戒しながら僅かにオーラを纏ったことに気付く。ここは王城、しかも王族のプライベート区画。少し警戒しすぎな気はするが、護衛騎士としては正解な反応なのかしら、なんて思っていた、その時だった。
「おかえりっ、可愛いエヴァ!」
「おかえりなさい、可愛いエヴァ」
「ビアンカ姉様! ブランカ姉様!」
後ろから声をかけてきたのは、王族特有の紫の瞳と美しい金糸の髪を持ったビアンカ・リンディと、琥珀色の美しい瞳と王族特有のピンクの髪を持ったブランカ・リンディ、私の双子の姉たちである。
「ふたりともいるなんて珍しいわね」
「あら。すぐにどこかへ飛び出していく破天荒なビアンカとは違い私は王城の図書館がお気に入りの場所なのよ? 王城にいるのは当たり前だわ」
「おいおい、なんつーこと言うのさ。破天荒じゃなくて行動力があるって言って欲しいっての! そういうブランカは、図書館がお気に入りなんじゃなくてその近くにある会議室の声を盗み聞きして弱みを探るのが好きなだけだろ」
「まぁ、嫌だわビアンカ。王族たるもの、情報は最大の武器、弱みなんていくら握ってもいいじゃない」
「そんなことはない、口先だけの情報より、この目で確かめた真実こそが一番の武器! どこでどうだれの思想が混ざったかもわからない情報よりも真実が一番強いってぇの」
「あらあら、うふふ」
「あはははは」
「ね、姉様方ってば……」
(相変わらずね)
互い顔を見合わせにこやかに笑っているが、下がった空気に若干呆れる。だがこれもいつものこと。
当然王族であるふたりも魔力を持ち、ビアンカ姉様は目を、ブランカ姉様は耳を強化できる。
その強化具合は流石王族というほど強力で、ビアンカ姉様はかなり遠くまで見えるだけでなく相手の僅かな〝揺らぎ〟を見つけ嘘か真実か判断ができるし、ブランカ姉様はその耳で二部屋先の声もハッキリと聞こえる。しかも一度聞いた声はその声帯の特徴から薬などで声を変えてもわかるらしく、社交界どころかどこかにあるかもしれない諜報界でも敵なしだ。
それになんだかんだでこのふたりの姉はとても仲が良く、結局はビアンカ姉様がその足と特別な目で得た事実と、ブランカ姉様がその冷静さと特別な耳で聞いて精査した情報を掛け合わせて何かが起こっても解決していく。まさに最強セット、いや最凶セットというやつなのである。
「それにしても姉様、この騒ぎ、何かあったの?」
言い合いをしている姉ふたりに問いかけると、一瞬顔を見合わせたふたりがパッと私の方を向く。
「「なんと、兄様の結婚が決まりそうなのよ」」
一語一句違わず告げられたその言葉に、私はぽかんとした。
「まぁ。お兄様の結婚? それはめでたいわね」
王太子の結婚。そりゃそんな大事なことであればこのバタバタの騒動だって納得がいく。
(妃教育とかがはじまるのかしら)
王族の婚約者であれば王族のプライベートな区画にも当然足を踏み入れる権利が与えられる、というかゆくゆくは住むことになるし、王太子の婚約者としての勉強を始めるとすればその学ぶ場所も当然ここだ。この場所が騒がしくなっても何も不思議ではないなと私は大きく頷いた。