「お相手は誰なのかしら。この国の貴族令嬢なのよね? 公爵家のご令嬢にお兄様と年齢が合う方はいたかしら……あ、確か宰相のご令嬢がお兄様のふたつ年上だったわね。最近離婚されたと聞いたし、もしかしてその方? でも王太子妃ということはゆくゆくは国母……リンディ国の王妃になると考えれば再婚ってのはいいのかしら。私はどっちでもいいんだけど……前旦那との間に子供っていた? オスキャル知ってる?」
「確かふたり、どちらも男児だったかと思います、エヴァ様」
「あら。ありがと」
姉様ふたりの前だからか、いつもよりかしこまった話し方をするオスキャルにクスリと笑ってしまう。
(私の前でだけ砕けてることを、叱ればいいのか褒めればいいのかどっちかしら)
王女とすれば当然前者だが、個人的には後者だ。だって私はいつものオスキャルがいいんだから。
そんなことを考えながら、それと同時にこの騒動の理由に納得してしまった私は早々に興味を失う。もちろん王族として、そして兄の実妹として将来の義姉が誰なのかは気になるが、誰だろうと文句を言うつもりはなかった。
叶うなら、貴族たちから『幽霊姫』だなんて呼ばれている私を邪険にしない相手がいいとは思うが──
(そこはまぁ、お兄様が判断なさるわ)
正直どんなに令嬢からのアプローチを受けてもにこやかに流し、特定の相手を作ってこなかったお兄様が、私が隣国で遊んで──ではなく公務をこなしてくるこの短い期間に結婚相手を決めたということには僅かに興味をそそられるが、だがお兄様もニ十七。この年齢でまだ婚約者がいないのは確かに遅いのも事実であった。
だからこそ誰が相手だろうと、お兄様が決めた令嬢ならもちろん受け入れるつもりである。
「じゃあ、ビアンカ姉様、ブランカ姉様。私長旅で疲れてるからもう部屋に戻るわ。おやすみなさい」
「「待ちなさいエヴァ! 気にならないの!?」」
「えぇ? 気にはならないわ。だって誰であろうと私は受け入れるしかできないもの。それにお兄様を信じているし、きっと素敵なご令嬢だと思……」
「「相手が『預言者』だとしても!?」」
「気になるわ!」
「あぁあ……」
私と姉様方との会話には頑なに入ってこなかったオスキャルの嘆きのような呻き声が背後から聞こえた気がしたが、それどころではない。
(預言者ですって!? 気になりすぎる!)
預言とは、神から預かった言葉を述べること。つまりは神託を受ける伝説の存在ということだ。物語上に置いて聖女だとか使徒だとかと称される存在、そんな存在を現実世界で拝めるだなんて、ぶっちゃけ興味しかない。
「そもそも兄様がこの年齢まで婚約者を作らなかったのは相応しい令嬢がいなかったからよ」
「私だって同感だもの。可愛いエヴァの可愛さを理解できない可哀相な頭のお馬鹿ちゃんなんて願い下げだもの」
「姉様たちってば」
うんうんと頷き合いながら告げられるその内容に思わず苦笑してしまう。
確かにこの国の貴族令嬢たちから幽霊姫と馬鹿にされていることは否めず、そして私を幽霊姫と蔑む相手を軽蔑している兄姉たちがそんな相手を選ぶわけがないとは私もわかってはいるが、それでも私たちは王族。この国のために適切な時に適切な相手と政略で結ばれるのは義務なのだ。
そのことは、王太子である兄が一番よくわかっているだろう。
(だからこそ平和な今は特別その必要がなくて婚期を遅らせているだけだと思うけど)
もしいつか必要とあれば、その相手とどれだけいがみ合っていても婚姻という契約を結ぶ。それが王族なのだから。
そして本当に預言者が現れたのなら、王太子の結婚相手にこれ以上ピッタリな相手もいない。
この国の更なる発展のため、必ずその力を王家に迎えたいに決まっている。
「ねぇ、預言者ってことは本当なの? どういった流れで結婚が決まったのかしら!」
私はワクワクとした気持ちを抑えられずに姉たちへ問う。そんな私ににこりと妖艶に微笑んだ姉様たちが、オスキャルへと笑顔を向けた。
「オスキャル、紅茶が飲みたいわ!」
「オスキャル。クッキーも持って来てくれるかしら」
「「いつもエヴァを独り占めしてるんだもの、これくらいいいわよねぇ?」」
「えっ」
ニマニマとした姉たちからそんなことを言われ、明らかに戸惑いの色を見せるオスキャル。それはそうだろう、彼は護衛騎士。私の侍女ではないのだ、業務外の命令なんて断っても構わない。が。
(姉たちの圧力は怖いものね)
何しろ相手はこの国のやり手な双子王女。彼女たちを敵に回して今もこの国で地位を守っている貴族なんていないと言われるほどのふたりだ、判断に迷い戸惑う気持ちもわかる。
もちろんオスキャルはソードマスター、彼がここで断ったところでオスキャルのその確固たる地位も名声も崩れることはないが──
(社交界の女帝たちを敵に回すと、オスキャルの婚期まで伸びそうね)
女性慣れしなさすぎて西の魔女・ローザに夜の恋人人形を作って貰おうとした……かもしれない疑惑があるほどの彼だ。流石にこのままは可哀相かと、私は姉たちから彼を守るように前へ立つ。