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第三十九話 声を揃えて言ってみる

「ビアンカ姉様、ブランカ姉様。オスキャルは私の護衛騎士です。勝手に使おうとしないでください」

「「エヴァ……」」

「エヴァ様……!」

「オスキャルは、私のサンドイッチを取りに行くので忙しいですから、紅茶とクッキーは他の者へ頼んでいただけますか」

 両手を腰に当て、そう宣言すると、一瞬眉を下げたふたりの姉たちは顔を見合わせ、感嘆の声を漏らしたオスキャルはがくりと項垂れた。何故。


「……サンドイッチ、了解しました。厨房へ行くのでついでに紅茶とクッキーもお持ちします。そして願わくばエヴァ様には今一度、『護衛騎士とは何か』を復習していただきたく」

「え?」

「行ってきます」

(護衛騎士とは何かって……守るのが仕事、よね?)

 ちゃんとわかっているつもりなのに念を押され首を傾げる。だが、彼がいつもサンドイッチを取りに行ってくれているのは日常で、なんてそこまで考えハッとした。


「しまった、サンドイッチはいつも私は勉強している間に取りに行ってくれてたんだったわ!」

 そりゃ護衛中にそばを離れるなんて、護衛騎士なんだから当然許容できることではない。いつものように甘えたことをしてしまった、と少し後悔していると、そんな私を見た姉たちが大きく吹き出してしまう。


「オスキャルは相変わらず不憫だな!」

「そうね。だからオスキャルはこうやってからかわれてしまうのだわ」

「「まぁ、そのうちもっと深い関係になるだろうしこれくらいは予行練習よね」」

 そうしてクスクスと笑いを溢すふたりの姉に私は首を傾げたのだった。


 ◇◇◇


 そんな一幕はあったものの、東屋まで来た私たち。

 オスキャルが厨房から持って来てくれた紅茶とクッキー、そしてサンドイッチを並べてそれぞれが座る。


 もちろん紅茶はよっつ、サンドイッチはふたつ。

 よっつめの紅茶とふたつめのサンドイッチは、私の隣に腰かけるオスキャルの前に並べられている。

 気になるとすれば彼の目が完全に泳いでいることだろう。


(遠慮するオスキャルを座らせるのに苦労したけど、まぁいいわよね)


 王女たちと一介の騎士が同席するわけにはいかないと頑なに拒否しようとしていたオスキャルを無理やり座らせたのは当然私である。

 いつも一緒に並んで座りサンドイッチを食べているから、というのは言い訳だ。いくらソードマスターで、私よりも断然体力があるとはいえ彼も隣国からの旅路から帰ったばかり。しかもいつもより長時間私の護衛として気を張っていたのだ。

 その過酷さは想像に難くなく、そして彼の仕事は今日も夜の就寝時間まで当然続く。


 だから少しでも楽をして貰おうと、最も安全であるだろう王族のプライベート区画にある東屋での会にしたのだ。

 流石に私の自室部屋に姉たちと一緒とはいえオスキャルが長時間滞在するわけにはいかない。そうなれば扉の外で周囲に気を配りながらの立ちっぱなし。だがここならば、周囲に気を配らなくてはならないというのは同じだが、一緒に椅子へ座れる。

 多少ではあるだろうが、その方が身体的に楽かと思ったのだ。


(姉様たちも反対しなかったし、いい案だと思ったんだけど)


 だが、完全に委縮しているオスキャルを見るとこの案もあまり良くなかったかもしれない。

 オスキャルに精神的疲労が溜まりそうだと私は反省し、解散したあとはオスキャルを労わろうとそう心に誓った。


「まずはどこから話すかな」

「そうね。とりあえず最初からかしら」

 紅茶を一口、同時にこくりと飲んだ姉ふたりが話だし、私は慌てて姿勢を正す。

(気になる、どんな経緯なの……!)


 高鳴る胸を押さえつつ続きを待っていると、どうしてか少し困ったようにふたりの姉が眉尻を下げた。


「実は経緯というほどのことはないんだよなぁ」

「えぇ。神殿からの使いだという女性は現れて、しかも聖女を名乗ったというだけなのよね」

「聖女?」

「あぁ。その自称聖女サマは自らを預言者だと言って、そして父上の怪我を予言してみせたんだよな」

「そうなのよ。そしてこの国をより豊かにするため、自らと兄様の結婚を提案してきたのよね」

「「なんでも未来はそうだと決まってるらしい」」

「まぁ……!」


 自ら名乗り出る聖女。そのあまりにも怪しすぎることといったらない、が──


「怪我の予言、ね」

 ぽつりと呟きハッとする。

 兄との婚約話が出たということはその彼女が聖女、つまり〝預言者〟と認められたということだ。

 それが意味する事実。

(お父様の怪我!)


「お父様は大丈夫だったの!?」

 思わず立ち上がり叫ぶように質問をする。私のその声を聞き、ふたりの姉が同時に首を左右に振った。


「そんな……ッ!」

「父様はもう起き上がれない」

「えぇ。お父様は指一本、もう動かせないの」

「「しばらくは」」

「……しば、らく?」

 その含みを持たせた言葉に唖然としていると、今度は姉たちがにこりと笑った。


「「ぎっくり腰で」」

「あー」

(からかわれたわ)

 そう察した私が頭を抱えながら再び椅子へ座り直す。

 私の隣で青い顔をしていたオスキャルも、少し安堵を滲ませていた。まぁ、まだ顔色は悪いけれど。


(でも確かにぎっくり腰を預言していたのなら説得力はあるわね)

 ただのぎっくり腰と言えばそれまで。大災害でも、流行り病でもないが、ぎっくり腰なんて個人のものだ。他人が関与できるようなことではない以上、確かにそのことを言い当てたのなら真実味は増す。

 ぎっくり腰なんて仕込みようがないものを言い当てたのだから。


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