「聖女だと認めるしかないってことね」
「あぁ。彼女の預言は本物だったからな」
「そして彼女と兄様とが結婚しなければこの国に危機が訪れるそうよ」
「「けれど結婚すれば豊かになる」」
「まぁ、その預言が本物なら豊かにすることも可能でしょうけど」
だが、危機が訪れるとはどんな危機なのか。
(そりゃお兄様も一先ずは受け入れなくちゃいけないわよね)
流石に王族、それも王太子の結婚だ。では今すぐに、なんてことはないはず。
「まぁ、最短でも一年ってところかしら」
「「三か月」」
「三か月!?」
口をそろえて告げられたその期間に愕然とする。今日会った相手と結婚するまで三か月しかないというのはあまりにも早すぎだ。
驚いて声をあげた私に、ビアンカ姉様が頷き、ブランカ姉様がため息を吐いた。
「三か月に災厄が訪れるそうなの」
「だからそれまでに結婚しなきゃいけないんだとよ」
「それにしたって、短すぎるわ」
王族の結婚なのだから準備だってかなり必要だ。
諸外国への招待状も送らなければならないし、その招待した相手が参列するための移動時間だって考慮しなくてはならない。
当然お互い手ぶらなんてことはできないが、結婚祝いやそのお祝い返しが簡単に手に入るわけではないだろう。
(そんなに結婚を早めたいだなんて、流石にちょっとおかしいかも)
どんな預言だったかは知らないが、婚約という状態ではダメだったのだろうか。
王太子妃という地位に必ず付かねばならない理由があるの?
だが、考えてもわからない。けれど、どうしても引っかかる。
「怪しいと思っているのは私もだ」
「えぇ。ぎっくり腰をひとつ預言したところで本当に災厄なんてものが来るかわからないもの」
「でも、ぎっくり腰ってところが気になるわ。お父様のぎっくり腰なんて外的要因ないものね。仕込みようもないし」
「「そうなのよ」」
「流石だな、エヴァ。賢いぞ」
「流石ね、エヴァ。可愛いわ」
にこにこと笑った姉ふたりに頭を撫でられ、私もつい笑ってしまう。
こうやって頭を撫でられるのは、いくつになっても少しくすぐったくて心地よかった。
「「と、いう訳で」」
しばらくそんな姉たちの手に委ねていた私へ、コホンと咳払いした姉たち。
そしてそれぞれが口を開いた。
「エヴァとオスキャルが調べてみてくれないか?」
「顔を知られていない貴女たちが適任なの」
「えっ、俺たちで、ですか!?」
告げられた言葉に私よりも早く反応したオスキャルは、私の顔を見て高速で首を左右に振っている。
「ソードマスターのオスキャルならエヴァを守れるでしょう」
「むしろオスキャルが守れないならどこに行っても守れないな」
「隣国からも無事に帰ってきたしな」
「えぇ。……貞操も、無事よね?」
話しながら若干声色を低くした姉様たちがジロリとオスキャルへ視線を向けると、さっきまで高速で左右に振っていた首を今度は上下に、相変わらず高速で振っていた。
(首傷めないかしら)
「もちろんよ。一緒に寝ても当然私は無事よ」
「「一緒に寝ても!?」」
「えぇ、実際──」
「それくらい安全な男だということです! 殿下!」
表情を驚愕に染めて目を見開いた姉様たちへ、私の言葉を遮るようにそう叫んだオスキャル。
その顔色が青を通り越して土気色になっているのを見て流石に可哀相になった私は、これ以上何も言わないことにした。
(ま、ふたりだけの秘密ってのも悪くないしね)
「でも、とにかくわかったわ」
そして話を戻すように、手元の紅茶を一気に呷って大きく頷く。
「私とオスキャルで、その聖女サマが本物かを見極めればいいってことね!?」
「あぁ。偽物なら兄様を守らなきゃな」
「えぇ。偽物なら国を守らないと」
「任せて! そんな面白そうなこと……じゃなくて、楽しそうなことやるに決まってるじゃない!」
ふふふ、と笑みを溢しながらそう宣言すると、姉たちもにこりと笑う。
そんな笑い合う素晴らしい姉妹たちの姿を、オスキャルだけはがくりと項垂れて受け入れていた。
おそらく『さっきのことをこれ以上追及されるよりはマシ』ということだろう。
◇◇◇
「でも、どうやって調べようかしら」
「どうしてこんな……折角自国に戻ってきたのに」
「どうして、はこっちのセリフよ。どうしてそんなに嫌がるのよ」
先の戻るという姉様たちを見送ったあと、その場に残った私とオスキャルは紅茶の二杯目を淹れてふたりだけのお茶会を再開していた。
さっきまで遠慮していたのか、プルプルとしながら紅茶をチビチビと飲んでいた彼はどこかえ消え、今ではため息を吐きながら大口でサンドイッチを頬張っている。
持ってきたのも準備したのもオスキャルとはいえ、流石にこの変わりようには私も若干呆れるが──
(ま、それだけ気を許してるってことで、見逃してあげるわ)
なんて思い、私もサンドイッチにかぶりついた。
今日は彼の好きなたまごサンドである。
「まぁ、絶対受けるとは思ってましたけど」
「それにしては反対しようとしていたじゃない」
「その結果とんでもない逆襲にあいそうになって諦めました」
「あー」
完全に拗ねた口調のオスキャルに苦笑する。
だがあの話のキッカケを持ち出したのは姉様だ。そしていくらブランカ姉様の耳がいいとしても、流石に隣国までは聞こえないので、完全に偶然の流れだったとは思うけれど、確かにあのタイミングであの話になったなら彼にとっては脅しにあったようなものかもしれない。
私も彼をベッドに引きずり込んだ時、私たちが黙っていればバレないから、なんて言って誘ったわけだし、そう考えれば彼のこの反応も仕方ないだろう。
「確かに私が悪かったわ。私のサンドイッチ半分あげるから許してちょうだい」
「いくら俺の好きなたまごサンドだからって、それで懐柔されると思ったら……」
「私の食べさしだけどいいわよね? はい、あーん」
「あーん!? しかも口をつけた側、だと……!?」
手に持っていたサンドイッチを差し出すと、さっきまで顔色を青くしていたオスキャルの頬が一気に赤らんだ。