『最高に格好よくしてちょうだい』という私の依頼を聞いたメイドたちは、それはもういい仕事をしてくれた。
「いいわ、最高よっ」
「エヴァ様、言葉遣いをお気を付けてください」
「あら。そうね、ビアンカ姉様みたいに話すって決めたものね」
オスキャルからの注意を受け、私は鏡の自分をしっかりと見つめながら僅かに口角だけをあげて微笑んだ。
「今日から頼む。私はヴァル、一時的に殿下の護衛になったんだ」
そして少し王女らしくない話し方のビアンカ姉様を思い浮かべながら、そう口にした。
(決まったわ!)
私のセリフを聞いたメイドたちが一斉に息を呑んだことに気付き、フッと鼻を軽く鳴らす。
我ながらそんなスカした姿もなかなかに様になって〝格好いい〟とそう思った。
──そう。今の私は、誰がどう見ても黒髪のイケメン護衛騎士なのである。
「我ながら完璧に男性だわ! 男装、似合いすぎだわ!」
「エヴァ様、心にどうぞビアンカ殿下を」
「了解した、オスキャル……と、そうね。オスキャルをオスキャルと呼んではダメね」
隣国で名乗ったエヴァリンは女性名なので少しもじり『ヴァル』と名乗った私だが、オスキャルは男性から男性。
あまり呼び慣れた名前から遠い偽名にしてしまうと、うっかり呼び間違えた時に弁解が苦しくなるので、ある程度本名に近い方がいいのだが、と自身の顎に手をあてて考える。
「キャルキャルはダメなのよね?」
「だからそれ、怒れる文鳥ですかって前聞きましたよね? しかも元は恋人へのあだ名っていう体で──」
「ほう。誰が誰の恋人か説明して貰おうか、オスキャル・スワルドン」
「ひえっ、王太子殿下!?」
「あら! お兄様っ」
「迎えに来たよ、エヴァ……じゃなくてヴァル。その姿もとっても可愛いな」
護衛を迎えに来ちゃダメじゃない、なんて文句を言いながら兄の元へと駆け寄ると、にこりと微笑んだ兄が折角取り付けた髪を乱さないように気をつけながらそっと撫でた。
相変わらず私の兄は穏やかで紳士的、そして甘いのである。
「可愛いじゃなくて格好いいと言ってくれなくちゃ困るわ!」
「どんな姿でも僕の可愛い妹なんだから仕方ないだろう」
相変わらず私に甘い兄に小さく吹き出すと、兄も一緒に笑ってくれる。しばらくそうやって楽しい時間を過ごしたあお、兄がくるりとオスキャルの方へ向いた。
「こいつの名前は犬でいいんじゃないか? キャンキャン喚くしかできないようだからな」
「ちょ、ちょっとお兄様!? 空耳!?」
穏やかで紳士的で甘い兄からあり得ない毒が聞こえて愕然とするが、驚いた私の声を聞いた兄がこちらを振り返ると、いつも通りの穏やかな笑顔を浮かべており戸惑う。
(やっぱり今の、聞き間違いよね?)
ごくりと唾を呑み、兄の次の言葉を待っていると、ゆったりとどこか優雅さを滲ませながら再び兄が口を開いた。
「あはは。エヴァ、どうかしたのかな。僕はただオスキャルがいつも可愛く吠えているようだから『イーヌ』なんてどうかなと言っただけだよ」
「あら。やっぱりさっきのは空耳だったのね。よかったわ!」
「全然暴言変わってませんけどォ!?」
「うふふ、お兄様が暴言なんて言うはずないものね」
「あぁ。もちろんだよエヴァ」
「だから暴言吐かれてますけどぉ!?」
あはは、うふふとしばらく兄妹の時間を楽しんだ私だったが、今回の任務は聖女が本物なのかを見極めること。
そしてこの兄の結婚が本当に問題がないのかを確かめることである。
(お姉様たちにちゃんとした報告をしなきゃいけないわ)
「今日からよろしくお願いいたします、お兄様……ではなく、殿下!」
「あぁ。こちらこそ頼むよ。ヴァル」
「はい! オリバーと一緒に頑張ります!」
「あ、よかった。俺の名前イーヌじゃない……って、オリバーって俺の実家で飼ってる犬の名前ぇぇ!」
そんなオスキャルの叫びを華麗にスルーし、迎えに来てくれた兄の一歩後ろに控えるように歩き出す。
腰には帯剣しているが、残念ながら箱入りの幽霊である私に剣は重いと隣国で十分すぎるほど学んでしまったので、今回は偽物の剣だ。鞘に入っているようだが、その鞘と柄の部分が一体になっており玩具もいいところである。
(ま、これくらいじゃないと正直長時間仕えるとかできないし)
それに私が剣を持つことをオスキャルだけでなく兄にも反対されたので仕方ないという理由もあった。
どうせ剣を持っていても、いざという時は役に立たないどころか、私の剣を奪われれば相手に武器を増やすことにもなる。
もちろんそんな『いざという時』なんて日は来ないという前提ではあるが、それでも念には念をということだった。
(背はシャンと伸ばして、表情は常に無表情を貫くのよね)
兄の後ろに控えながら、騎士の姿を思い出しつつそれっぽく振る舞う。今までオスキャルを一対一で、かつ間近に見てきたのだ。私とふたりきりの時は少し素が出るオスキャルだが、彼はそれ以外の場では誰よりも表情を消している。
騎士というその姿を徹底しているところを思い出しながら、いつもなら私の一歩後ろに控えているはずのオスキャルを見上げた。