(隣って新鮮ね)
私も彼も、今は王太子の護衛として振る舞っている。つまりは対等な地位ということだ。だからこそこうやって外を歩いている時にとなりにいるのが少し珍しかった。
そして、彼自身はいつも通りの仕事へともう切り替えているらしく、今は何も感情を滲ませない無の表情で歩いている。
そのどれもが新鮮で、少しだけ寂しくも感じた。
「オリバー」
「はい」
「頑張ろうね」
「はい」
短い返事。でも隣から返ってくる返事。
(寂しいなんて言ってちゃダメね)
だって私は今、この国の王太子の結婚相手を見極めるという重要な任務を担っているのだ。
なんて気合を入れ直した時だった。
「きゃあ、殿下だわっ」
「?」
どこからか甲高い声が聞こえ、そちらへと目をやる。
そこには華やかに着飾った令嬢たちがいた。
(あ、いつの間にか王族のプライベート区画は抜けていたのね)
今向かっているのは兄の執務室。執務室はもちろん王城内にはあるのだが、執務をこなすという都合上他の貴族も足を踏み入れられる区画にあるのだ。
(当然と言えば当然だけどね)
そもそも執務をこなすのは王族だけではない。
何かしらの訴えをし謁見を申し出る貴族はもちろん、執務をサポートしてくれる側近だって執務室にいなくてはならない。
国務とは王ひとりがいれば全て回るものでも当然なく、それらを円滑に回すには当然たくさんの人たちの協力がいるのは明白だ。
そのための執務室が王族しか踏み入れないプライベート区画にないのは当然なのである。
(とはいえ、こんなに令嬢たちが多いとは)
もちろん令嬢たちがこんなにここに多いのは、王太子である兄を一目でも見たいからというのがあるのだろう。そりゃそうだ、聖女が出現したことはまだ秘匿にされているし、当然兄との結婚話が浮上していることも秘匿になっている。
婚約者のいない王太子、しかもにこやかで穏やかで見目もいいのだ。令嬢たちが放っておくはずもない。
もしどこかのタイミングでお近づきになれたら。もし王太子に見初められたら。
そんな夢物語に憧れる令嬢がいても何ひとつおかしくはないのである。
だが、それとは別に以外に思うことがあった。
「きゃあっ! 今日は新しい護衛の方を連れられているわ!」
「あぁん、メイルク様はいらっしゃらないのかしら?」
彼女たちの声援の先が、兄だけではないのである。
(護衛騎士たちって思っていたよりずっと人気なのね)
考えてみればそうかもしれない。王太子妃というたったひとつの枠を狙うのももちろん悪くないが、そんな彼の護衛騎士たちも当然優秀で安定した将来は約束されているようなもの。
先日の隣国の時に同行してくれた若き近衛騎士たちの顔もやたらと整っている者たちばかりだったし、騎士の採用に顔はないはずだが、顔がいい兄の周りに顔がいい人間が集まるのはある意味不思議ではないのかもしれない。
類は友を呼ぶというやつだ。多分。
「あの黒髪の騎士様も素敵!」
「ちょっと中世的なところが格好いいわ!」
(え、私?)
冷静に状況を整理していた私の耳に飛び込んで来たのは私への声。今まで幽霊姫と蔑まれることはあったが、まさか黄色い声を貰える対象になれるなんて思っても見なかった私は内心少し浮かれてしまった。
(少しくらいいいわよね)
サービスよ、サービス。なんて自分に言い聞かせ、声が聞こえた方へと顔を向ける。
ただ目があっただけなのにポッと顔を赤らめる令嬢に思わず私の口角が上がった。
そして微笑を浮かべたまま軽く手を振る。
「ヴァル!」
「ははっ、悪かったってオリバー」
すぐさま叱るように偽名を呼んだのは当然オリバーことオスキャルだ。
そんなオスキャルに軽く肩をあげ、ちぇっと唇を尖らせ前を向く。
「ヴァル様っていうのね」
「隣の銀髪の騎士様はオリバー様って言うんだわ」
きゃあきゃあとまるで小鳥が囀るような可愛い会話をする彼女たちに私の口角はまた上がりそうになるが、オスキャルは相変わらず無表情のまま。
徹底的に護衛の在り方を貫く彼に感心し、私も見習って表情を消す。
「真面目な表情も素敵!」
「あぁん、お近づきになりたいわ……どこの家門の方かしら」
(でも、悪い気しないわね)
護衛中はもちろんオスキャルを見習うべきだが、もしどこかでまたすれ違った時は挨拶くらいしてみようかな。なんて考えてしまうのは、私に同年代の令嬢の友人が今までいなかったからかもしれないなんてそう思ったのだった。
◇◇◇
そんなことを考えながら始まった護衛任務。
とはいえ私の本当の任務はお兄様に近付く預言者・自称聖女様を調べること。
だからこそ、兄が執務をこなしている間は仕事という仕事はないので、のんびり窓の外を眺める。
兄の執務室の外側は一般開放されている庭園になっており、父親の仕事についてきた令嬢が、その父親の仕事が終わるまで時間を潰すスポットとなっていた。
(まぁ、本当に父親の仕事のためについてきた令嬢なんてほぼいないんでしょうけど)
ほとんどが兄を一目見たいという令嬢たちだろう。
その考えを裏付けるように、窓の外を見ているとしょっちゅう令嬢たちと目が合うのだ。