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第四十五話 はじめての胸の高鳴り、モテ!

(お兄様が見ることはないと思うのだけれど)

 もちろん窓の外にも護衛がいるし、更に巡回しながら警備している騎士たちもいる。窓の側に立っているから危険、なんてことはないのだが、そもそも執務中の兄が休憩に、と窓の外を眺めるイメージができなかった。


 兄も王族である以上魔力を持っており、しかもオスキャルほどではないが身体強化ができる。そして自身も近衛騎士を率いている立場ということもあってかなり鍛えているので、そもそもあまり休憩しているイメージがないのだ。

(でもせっかくだし、このまま無視するのも可哀相よね)

 そう思った私は、ごめんねの気持ちを込めてにこりと微笑みをひとつ。もちろんまたオスキャルに叱られたくはないので一瞬だけにして、また兄の方へと向き直った。


 そうやって護衛騎士として、兄に付き従い様々な場所へついていく。

 ある時は執務室、またある時は近衛騎士の訓練場。


 訓練場とはいっても、私とオスキャルは見学だ。表向きは訓練している王太子殿下を守るために待機、ということになっているが、単純に私は訓練に参加なんてしたらその弱さゆえに一瞬で偽物だとバレるし、オスキャルも参加したらその強さゆえに逆にバレるからである。


 だが、訓練中の兄の元に聖女なんて現れるはずもなく、完全に暇を持て余していた私はオスキャルの目を盗んで見学に来ていた令嬢に手を振った。

 私が手を振ると、何人かの令嬢が「きゃあ!」と顔を赤らめ両手で口元を押さえる。

(かーわいい)

 そんな姿にふふっと思わず笑みを溢した私は、調子に乗ってウインクをオマケした。

 大好評。


(楽しいわね)

 これがモテるということなのか、と胸の高鳴りを感じる。

 更に調子に乗った私は、兄の後ろに控えながら時には笑顔を、時には真面目な表情を、そして更には流し目を向ける日々がしばらく続いた、その結果。


「今日は三十一通か」

「え、エヴァ様? あとその手紙って」

「ははっ、オリバー。エヴァって誰のことを言っているんだ? それとこれはラブレターだよ。ふふ、困ったな」

「エヴァ様!?」

「……ハッ、私、今何を……!?」


 オスキャルの驚愕に染まった顔を見て我に返った私は、そんな自分に驚きつつ手紙の山へと目を向ける。


「もしかしてこれが災厄の片鱗……!?」

「いえ、完全に調子乗ったモテの勘違いヤローです」

「辛辣ね」

「事実です」

 ムゥッと口を尖らせた私だが、勘違いヤローかは別としてモテに調子乗ったという点は否めない。


 だが、モテているという点はかなりいい点ではないだろうか。


「ねぇ、ここしばらくお兄様の護衛をしてみて気が付いたんだけど、お兄様ってものすごくガードが堅いと思わない?」

「あー。そうですね。元々ご令嬢方に人気の方ですから当然のように捌き方というのも心得られておりますし、それにかなりストイックに執務や訓練に取り込まれるので遠く眺める以外の接触はなさそうですね」

「えぇ。その結果、お兄様の護衛騎士が人気になるのだけど」

「いつの間にかその人気ナンバーワンがエヴァ様ですけどね」

「でも、例の聖女様の姿は見てないわ」

「それは……」


 口ごもったオスキャルに私もそのまま口を閉じる。

(一体聖女は何を考えているのかしら)

 というかそもそもどこにいるのだろうか。


 兄との結婚を望んだのに、兄からの返事は聞かず近寄らない。

 まさか本当に三か月後に来るという災厄のためだけに結婚を望んでいて、兄の地位にも王太子妃の地位にも興味がないということなの?


(そこを調べないと)


「明日からは聖女の方にターゲットを絞って行動しなきゃね」

 ふむ、と少し考え込みながらそう告げると、私のその言葉を聞いたオスキャルがぎょっとする。


「折角変装までして過ごしたのにですか!? まだ何の成果も得てませんけど!」

「その成果がオスキャルのモテに関しての話ならごめんなさい。貴方のモテは私が全ての人気をかっ攫っちゃったから、多分今後も期待できないわ」

「そ、そんな最後通告いりませんけど!? べっ、別に俺はその、好きな人にだけ好かれれば……というか、好きな人が幸せなら……それでいいって言うか……」

「え? ごめんなさい、ちょっとよく聞こえないんだけど」

「いいですそれでっ!」

 何故か顔を真っ赤にしたオスキャルに首を傾げる。もしかして思春期が今頃きたのかしら。


「それから、もしオスキャルの言った成果がお姉様たちからの依頼の件だったなら、なくはないわよ?」

 ふふん、と不敵な笑みを溢した私に、オスキャルが今度はぽかんとした。


 ──そう。成果はあった。


 そのまま〝ヴァル〟として貰った手紙の束に視線を向ける。


「だってこの手紙たちは、十分すぎるくらい私が〝ヴァル〟として名前と顔を売った成果だもの」

「ヴァルとしての名前と、顔を?」

「えぇ。つまり今のこの姿の私たちは、どこへ行っても『王太子の護衛騎士のヴァル』だと思わない?」

「確かに」

 私の説明を聞いたオスキャルが感心したように頷いた。


 幽霊姫として、『知らない令嬢」ではなく。ヴァルとして『誰だか知っている騎士』という立場は出入りできる場所が格段に増えるのだ。

 それは、例え聖女の近くであろうとも『いて構わない』大義名分が与えられたも同然だった。


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