「単純なことよ、王太子の護衛騎士なんだから、王族のプライベート区画にいたっておかしくない」
「そこにいる見知らぬ令嬢は警戒されますけど、王太子殿下の護衛騎士ならおつかいで来たとかなんとでも言い訳できますもんね」
「それに、王太子の結婚相手を護衛するのだっておかしくはないわ」
「いきなり現れた実力のわからない騎士が護衛につくより、自身の婚約者の為に自分の護衛騎士をつけた、という方が説得力もありますね」
オスキャルの説明に頷いて肯定する。
(そして聖女側も、王太子からの気遣いだと言われれば断れないわ)
「これこそが! 私の完璧な計画の全貌だったのよ!」
「それは絶対嘘ですよね!?」
「明日からはこの大義名分を掲げて聖女のストーカーするんだからっ!」
「それダメなやつーッ!」
知りたいのは聖女の本音。本当の行動の意味。
こっそり後をつけて、彼女の真相を探るのだ。
(万が一見つかってもお兄様が心配して自分の護衛騎士をつけた、という言い訳もできるし、調べられたり誰かに声をかけられても変装後の私たちはお兄様の護衛としての顔を売ってきたから納得だってして貰えるもの)
唯一の懸念点といえば聖女が『預言者』であることだ。
彼女の預言が本物なら、私たちのストーキング行為が筒抜けになっているどころか先回りされて待ち伏せされたり、完全に撒かれて見失う可能性もある。
(でも、それならそれで彼女の預言の力が本物だと裏付けることになるわ)
そうなればそれで構わない。
お兄様も王太子としてこの国に生まれたのなら、国益のための結婚なんてとうに受け入れているはず。そしてその相手が国の未来を守ることができる預言者だとすれば、これ以上お似合いの相手なんていないだろうから。
「あぁ、また面倒くさいことを」
「何か言った?」
「明日からも頑張ります」
「えぇ。明日は騎士服じゃなく、私服で来てね。もちろん変装後の銀髪に似合うやつで!」
「また無茶言うぅ……!」
そんな嘆きを残しながら、その日は解散したのだった。
◇◇◇
そしてやってきた翌日。
私は黒髪に更に茶色の帽子を被り、少しゆったりとした服で体型を誤魔化していた。
コーディネートのテーマはズバリ『貴族の令息がお忍びで出掛けようと思ったけど気取った服で若干浮いた』服である。
「ま、あまり体にフィットした服を着たら体型で男性じゃないとバレちゃうからってだけだけど」
そして平民っぽさを出すために少し布地の薄いものにしたかったのだが、それも体型がバレてしまうので却下したのだ。
対してオスキャルはと言うと。
「貴方、それほとんど騎士服じゃない」
「マントは外しました」
「逆に言えばマント以外は騎士服だっていっているようなものだけど!?」
「服のセンスに自信なんかありませんッ」
開き直ったようにそう宣言されがくりと項垂れる。だが、確かにわざわざ『銀髪に似合うやつで」なんて無茶を言ったのも私なので、何か言うに言えなかった。
「んー、ま、まぁいいわ。顔で騎士アピールするんだもの、服装だって多少騎士でもいいでしょう」
気を取り直し、今度は地図を机へ開く。
「聖女だけど、どうやら毎日どこかへ行っているみないなのよね」
「毎日、ですか?」
「えぇ。こっそりビアンカ姉様とブランカ姉様が魔力を使って確認してくれたから、そこは間違いないわ」
与えられた部屋を抜け出す音をブランカ姉様が聞き、どっちへ向かったのかをビアンカ姉様が確認してくれているので間違いない。
そう説明しながら、ビアンカ姉様が確認してくれた場所を指さした。だが、確認したといっても目的地まではわからない。
「わかっているのは、ここまでなの」
「平民街の方ですか」
「えぇ。オスキャルは行ったこと、ある?」
「あー、そうですね、手前、までは?」
その歯切れの悪い言い方に思わず首を傾げる。
何か奥にあるというのだろうか。
「リンディ国にはスラム街なんてものはなかったはずだけど」
「そういう、その、治安が悪い系ではないと言いますか」
「あら。その言い方は何があるか知っているってことね」
「いやっ、その! 知識だけ、聞いた知識だけですよ!?」
「何よ。もったいぶるような場所があるの?」
何故かどんどん汗を滲ませていくオスキャルに一歩ずつにじり寄りながら顔を見上げる。そんな私の視線から逃げるように顔を背けたオスキャルだが、これ以上は逃げられないと観念したのか両手を上にあげ降参するかのようなポーズをとった。
「歓楽街がッ! ありますッ!」
「……歓楽街?」
そして言われた言葉に首を傾げた。
歓楽街。歓楽街って言えば、酒屋とかが集まっている一角で、主に騎士たちが遊びに行ったりしていると聞いたことがある。
(まぁ、お兄様は行かれないけど)
オスキャルも騎士だ。騎士仲間に誘われてそういった場所へ行っていても何も不思議ではなく、何故こんなに話辛そうだったのかがわからない。
「別に、いいんじゃない? 成人だってしてるんだし」
「えっ、ふ、不潔とかは思われませんか?」
「思わないわよ」
(そりゃお酒を提供する場所だし、そういった酒屋は多少店内が汚れている方が味がいいとか聞いたことがあるもの)
「えっ、そ、そうなんですか!?」
「そっちの方が美味しいし、楽しいんでしょ?」
わかっているわ、という風に安心させるべく頷いてみると、どんどんオスキャルの表情が困ったように歪んでいく。