目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第四十七話 私たちは疑うのが仕事

「いや! 美味しく食べたことは俺、ありませんから!」

「え、食べたこと、ないの?」

(食事しないで酒屋に何しに行くのよ)

 そして何かの弁解をするようにそう宣言されるが、その宣言の意味がさっぱりわからない。

 食事しないというならお酒だけ飲んでいるということなのだろうか。


「じゃあ、ずっとただ飲むだけってこと?」

「なっ、ナニを飲むんですか!? 俺、そんな特殊なことしませんけど!」

「えぇっ? そんなの」

 私の質問を、今度は顔を真っ赤にして否定したオスキャルにますます首を傾げる。

 一体何だというのだろうか。


「飲むと言ったらお酒に決まってるでしょう」

「お酒の話だったーーッ」

「な、なんなのよ、もう」

 私の返事を聞き、ぐしゃりとその場に倒れ込んだオスキャルにますます怪訝な顔を向けると、もう泣いているんじゃないかと思うほどのか細い声でオスキャルが声を発する。


「歓楽街は……お酒だけを楽しむ場所じゃないんですよ……」

「な、なら何を楽しむのよ」

「女性との、夜のひと時です……」

「夜の、ひと時?」

 そして彼の言葉を繰り返した私は、一拍遅れてやっと理解した。


「あっ、娼館ってこと!? そうね、言われてみればそういう施設、あったわね!?」

「あうぅ」

「い、いいじゃない、その、男性ってそういう付き合いが必要な時だってあるんでしょ?」

「だから俺は行ったことないって言ってるんですぅッ」

「わ、悪かったわよっ! 悪かったってばぁ!」


 必死に弁解するオスキャルに動揺しつつも謝罪すると、流石のオスキャルも口を閉じる。

 だが一体何でそんなに弁解したがるのだろうか。


(別に犯罪を犯したわけでもないのに)


 娼館も娼婦もれっきとした仕事だ。

 もちろん違法でやっている店だってあるかもしれないが、歓楽街にあるならばちゃんと国の認可を受けてやっているはず。

 成人しているオスキャルがそういった場所に出入りしていても何も問題はない。


 ない、はずだけれど。


 そこまで考えた私の胸の奥がツキリと痛む。

「?」

 別に私にはオスキャルがプライベートの時間、何をしていようと詮索する権利も、咎める権利も何もないのに。


(どうしてかしら。ちょっと嫌かも)

 ついそんな風に考えてしまった自分に、私自身のことなのに戸惑うばかりだ。


 だがいつまでも混乱してはいられない。


「歓楽街が娼館だったなら、どうして聖女がそっちへ向かったのかしら」


 そんな場所に教会はない。

 もちろん目的地は歓楽街ではなく、その手前かもしれないけれど。


「今の私たちは疑うのが仕事だもの。聖女が歓楽街へ通っているのかどうか、調べるわよ」

「うぅ、わかりましたぁ……」


 ◇◇◇


「ひとまずここで待機ね」

「はい」

 嘆くオスキャルをなんとか宥めることに成功した私は、ビアンカ姉様が確認してくれたスポットまで行きふたりで通りを見渡せる小さな酒場へ入る。

 路地に隠れていてもいいのだが、どうせ変装しているのだ。変にこそこそしているより堂々と街に溶け込んだ方が目立たないだとうと判断したのである。

(ま、酒場だけど水なのよね)


 私もオスキャルも成人しているが、うっかり酔って聖女を見失っては元も子のない。

 だからこそ酒場の亭主に嫌な顔をされながら水だけで張りこんだのである。

 そしてそんな視線に耐えるという苦労のお陰か、ローブを被ったひとりの令嬢が目の前を通った。


「彼女です」

 すぐさま私に耳打ちするオスキャル。

「確かなの?」

「はい。気配が一緒です」

 流石ソードマスター。そんなこともわかるのか、と感心しながら立ち上がった私たちは早速ある程度距離を取って彼女の後を追い始めた。


「どこに行くのかしら」

「この先は娼館しかありませんが」

「よく知っているのね」

「違います! 誤解です! エヴァ様が行くって言うからっ」

「冗談よっ! だから落ち着きなさい、デリケートなところに悪い冗談いったことは謝るからぁっ」


 そんなくだらない会話をしつつ、聖女の後をつける。

 幸か不幸か、預言者を自称している彼女は最後まで私たちが後をつけていることには気付いていないようだった。


(でも、お兄様との結婚を狙いながら娼館にも通うなんて、一体どういったつもりなのかしら)


 もし彼女の目的地が本当に娼館ならば、王太子妃としての資格を問われることとなるだろう。

 そしてそんな私の心配通り、彼女がひとつの建物へ入る。


 そこは、『夜闇の館』というちょっとどころではなく怪しすぎる娼館だった。


「聖女じゃなくて性女だったってこと……?」

「下品なことを言わないでください!」

 まさか本当に娼館へ入っていくとは思っていなかった私が思わずそんなことを呟くと、すかさずオスキャルの鋭いお叱りが飛んできたので慌てて口をつぐむ。

 だが、気になるのはそこだけではない。


「何、夜闇の館って。もう少しマシな名前はなかったの?」

「あー、ここはコンセプト娼館ですね」

「コンセプト娼館!? 聞いたことない単語なんだけど!」

「コンセプト娼館というのは、その名の通りコンセプトを大切にした娼館のことです。この夜闇の館は吸血鬼をモチーフにした娼館で、事前に吸血鬼になるか吸血鬼になってもらうかを決めれるんですけど」

「え、何その選択式」

「まぁ、そのままですよ。吸血鬼になりきって女性との時間を楽しむか、それとも女吸血鬼に襲われるシチュエーションを楽しむかの違いですね」



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?