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第四十八話 ねぇ、詳しいのは、なんで?

 オスキャルの説明を聞きながら、なるほど、と頷く。つまり獲物かどうかは別として、吸血鬼という〝コンセプト〟を楽しみながら夜を過ごせるということらしい。が。


「相変わらず詳しすぎない?」

「ですから! エヴァ様が! 行くって言うから調べただけですッ」

「はいはい。さ、今から私はヴァル、オスキャルはオリバーだからね」

「信じて下さいエヴァ様ぁっ」

「だからヴァルだってば!」


 再び取り乱すオスキャルの背中を無理やり押し、その夜闇の館へと入る。

 怪しい名前とは想像もできないほどその館内はちゃんとしており、汚れなんてものも見当たらなかった。


「いらっしゃいませ! 当店ははじめてでしょうか?」

「当たり前です!」

「ちょ、オリバー、そんなに声を大にして……」


 さっきまでのやり取りのせいなのか、大声で断言したオスキャルに周りにいた客も若干引いているようだったが、その店主はそんな表情はおくびにも出さずにこやかに微笑んだ。


「ではご説明させていただきますね。当店には選りすぐり美しい吸血鬼が沢山おりまして、お好みの吸血鬼にちゅうちゅうして貰えるシステムを採用しております」

「ちゅ、ちゅうちゅう……」

(改めて説明を受けると、なんだかとんでもなくイケナイことをしている気分になるわね)

「ですが、もしお客様がご希望であれば、美しい彼女たちを反対にちゅうちゅうしていただくことも可能なのですが」


 どうします? なんてにこやかに笑いかけられ、思わずオスキャルの腕を掴みその場でしゃがみこんだ。

 そしてこそっと耳打ちをする。


「うっ、ちょ、オリバーはちゅうちゅうされたい? ちゅうちゅうしたい? なんだか私決められそうにないんだけど」

「俺だってどうでもいい相手にちゅうちゅうされるのもちゅうちゅうするのも勘弁なんですがっ」

「でも決めないと次進まないわよ」

「というか、そもそも俺が指名してもヴァル様が指名しても護衛できないんで却下ですよ、プレイは却下ですよ!」

「そ、それもそうね?」


 確かにオスキャルが聖女を指名して部屋に籠りちゅうちゅうしているのかされているのかはわからないが、そうやっている間私がひとりぼっちになってしまう。

 反対に私が彼女を指名したとして、正体を調べに来た敵か味方かもわからない相手とふたりでちゅうちゅうごっこなんて楽しむなんて無理だろう。


 今から私がこの娼館で働き、そんな私をオスキャルが指名するなんてことも考えたが、ここにいるのが壁なんて関係なく探れる耳を持ったブランカ姉様ならともかく、なんの能力を持たない私では意味など無い。

 必ず聖女と接触しなくてはならなかった。


(仕方ない、こうなったら)


「あの、お客様?」

「決めました」

「はい、どちらにされ──」

「どっちも、です!」

「ヴァル様!?」

 そう宣言した私に店員だけでなくオスキャルまで驚いた顔をする。


「どっちも、と申されますと」

「私たちふたり、同じ部屋で両方のプレイでお願いする」

「ふたり、ですか? えーっと、吸血鬼は縄張り意識が強くてですね、複数の吸血鬼を部屋にいれるわけには」

「相手はひとりで構いません」

「それは、どういう」

「私たちふたりにひとりの吸血鬼をつけてくださればいい。もちろん料金は二倍、いや無理を言っているのだから三倍はらおう」


 そう提案すると、困ったような顔をしていた店員の表情が確かに獲物を見るような目になった。

(いや、この人の方がよっぽど吸血鬼っぽいんだけど!)

 その表情にじわりと冷や汗をかくが、目的のためにもここで推し負けるわけにはいかない。

 じっと睨み合うような時間に耐え、笑顔を必死に作る。


 だがそんな居心地の悪い時間が唐突に終わった。


「……こちらの吸血鬼に、決して無理をさせないというお約束をいただけるのなら」

(やった!)


 相手のその提案に何度もコクコクと頷くと、またも入店した時に見せたようなにこやかな笑顔へ戻ったその店員が、今度は冊子を持ってくる。

 どうやらそれは、ここで働いている娼婦たちの似顔絵集のようだった。


「ここから選べばいいのか?」

「はい。もしくはご要望を教えていただけましたらこちらでお好みの者を提案させていただきますが」

「いや、自分たちで選ぶよ」

 そう言って似顔絵集をパラパラと捲る。


 見落とさないようオスキャルと一緒に何枚か捲ったその先に描かれていたのは、美しい金糸の髪に真っ赤な目をした娼婦だった。

 そして二人同時にその似顔絵を指さす。


「おや。お好みがご一緒だったのですね。なるほど、それは三人で楽しみたくなるというものです」

 何かに納得したようにうなずく店員に私も曖昧に頷いていると、オスキャルがその店員に金貨の入った袋を手渡した。

「料金はこれで」

 その中身を確認し、すぐに懐へと片付けた店員がにこやかに奥の一室を指さす。


「ご希望の吸血鬼は、あの部屋にございます」

「ありがと」

(さぁ、一体ちゅうちゅうの正体がどんなプレイなのか……じゃなくて、聖女の正体が何なのか! 確かめさせて貰うわよ!)

 私は短くお礼をいい、そう決意してオスキャルと共に教えられた部屋へと向かったのだった。


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