「さぁっ、吸血鬼プレイのお手並み……じゃなくて、聖女サマのその正体、暴かせて貰うぜ!」
そう意気揚々と口にし右手を高く上げる。
そんな私を半ば呆れたような表情で見ながらため息を吐いたオスキャルと共に、私は店員に教えられた部屋へと向かった。
これもその〝コンセプト〟のひとつということだろうか。
薄暗く細めの廊下には蜘蛛の巣がいくつもあり、まるで朝露のような水滴が巣を輝かせている。
「これ、ガラス玉ですね」
「蜘蛛の巣自体も偽物ね。糸で作られてるわ」
「凝ってますね」
感心したように呟くオスキャルに頷いて同意する。
さっきはまだ店員の前だったので口調を変えたものの、オスキャルとふたりきりで進む廊下に入るとつい口調が戻ってしまう。だが、彼の側だとつい気が緩んでしまうのだから仕方ない、なんて華麗に責任転嫁した私は気にせず廊下の飾り付けに感心しつつ眺めながら歩いた。
この〝気が緩んでしまう〟というのが、何故相手がオスキャルの時にばかりそう感じるのかという点に関しては見て見ぬふりを決め込む。
その感情は、いつか必ずするであろう政略結婚の相手にこそ感じ、そして知るべきものだから。
(この廊下も、わざわざ煉瓦を積み上げて街路のようになっているのね)
ここまで細かく作り込んでいる、つまりはお金がかかっているということだ。どうやら想像以上に儲けているらしいが、先ほど見た感じだとそこまで店内に客は多くなかった。
単純に混みだす時間がまだなのか、それとも。
(それだけ定期的に大金を落とす常連客がいるってことかもしれないわ)
そんなことを考えながら歩いた先、突き当りの奥から二番目の扉の前にふたりで立つ。
「ヴァル様、念の為俺が開けますので」
ここは娼館。中から暗殺者が飛び出してくる可能性は限りなく低いとは思うが、相手は未確認聖女だ。護衛騎士である彼の言葉に素直に頷き、オスキャルの後ろに下がった。
この中に預言者を自称する聖女がいる。
私はごくりと喉を鳴らし、いざ対面の時を待つ。そして扉が開かれた。その中に、いたのは──
「いらっしゃぁい」
「ッ」
バタン! と開けた扉を間髪入れずにオスキャルが閉める。
すぐさま中からドンドンと扉を叩かれるが、左手で扉を押さえ、更に中から開けられないように右手でドアノブもしっかり握ったオスキャルと私は顔を見合わせた。
「「誰?」」
(どう見ても聖女じゃなかったんだけど!?)
「エ、エヴァ様、バケモンです!」
「ほ、本名が出てるわよオスキャル!? あとバケモンはやめなさい、トロール、トロールよ!」
「エヴァ様こそ俺の本名言ってますが!? それからトロールはバケモンの一種ですが!」
(た、確かに金髪の何かだったけど!)
中にいたのは絵姿で見た姿とも、お姉様たちから聞いていた姿とも似ても似つかない、ぽっちゃりとした姿。そしてやたらと瞳をギラギラさせている。
そんな何かが扉に突進してきたのだ、驚いたって仕方ない。
私だけでなくオスキャルも動揺しているようだが、扉が開かないようにとうっすらオーラを纏っているところを見るとまだ冷静な方……いや、オーラを纏っている時点で混乱しているか。娼婦相手に入念すぎる気もするが、オスキャルが扉を閉めなければ体当たりされていた。
(流石にこれは入念でも仕方ないわよね)
「ね、ねぇ、本当に聖女じゃないわよね? 実はこの短時間で容姿が変わったとかはない?」
「流石にあまりにも別人すぎると思いますが」
「でも私たち、まっすぐここへ案内されたし、第一警戒されるようなことはまだ何もしてないわよ」
「まだ、という時点で嫌な未来を預言して誰かと入れ替わった可能性がありますね。ですがこの中の女性が本当はターゲットの聖女の可能性も捨てきれな……」
扉を押さえながらコソコソと相談をしていると、さっきより勢いよく中から扉が叩かれる。
むしろドシン、ドシンという響き的に体当たりしているかもしれない。
「男ォ! 若い男ォッ!」
「ひぃっ!? き、吸血鬼って本当にいたのね!?」
「そんなまさかっ、エルフやドワーフは種族としておりますが、こんな、吸血鬼だなんて、あくまでもコンセプトのはずなんですがッ!」
中から聞こえる地響きのような声と、その扉へと仕掛けられる攻撃に私たちは一気に青ざめる。
さっきはオーラまで纏って押さえるなんて大げさな、なんて思ったが、今はオスキャルのその判断に内心では賛辞を送っていた。
「つ、次の襲撃の合間に離脱しますよ!」
「わかったわ」
オスキャルもどうやら身の危険を感じているらしく、完全に敵扱いをしている。
だが、どういった系統の身の危険かは別として、私もある程度その恐怖を感じていたので素直に頷き、オスキャルの腰にしがみついた。
そんな私の体を片手だけ扉から放して支えるように腕を回したオスキャルが瞬時に私の体を抱き上げ、走り出す。
来店時より増えていた客たちの合間を縫って外へと飛び出ると、背後にそびえたっていたその夜闇の館が来た時よりも数段不気味に見えたのだった。