目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第五十話 トラウマだなんてそんなばかな。あ、いや正しい。

「ひどい目にあったわね」

「正直トラウマものなんですけど……」


 そのまま王城まで戻ってきた私たちは、いつもの庭園奥の東屋に座り項垂れていた。

 何もしていないのにぐったりだ。これが精神疲労というやつだろう。


 護衛騎士であるオスキャルも私と並んで座りぐったりとしており、まぁ本来の護衛騎士という職務からすればあり得ない光景ではあるが、なんだかんだでいつもの私たちの姿にむしろ安心感を与えた。


「でも、これからどうするかが問題ね。聖女じゃなく性女だというところに乗り込んで決定的な証拠を得るつもりだったのに」

「まさか預言者が本物である可能性が出てくるとは、正直思ってませんでした。だってさっきの、俺たちが来るってわかっていたからこそバケモノを突撃させたってことでしょ」

「だからバケモノはやめなさい」


 はぁ、とため息混じりにそう告げられ私も頷く。


(ぎっくり腰だけじゃなく、私たちが来ることも預言したってことかしら)

 だが、それならばどうしてお姉様たちに見られている中で娼館へ向かったのだろうか。

 それに私たちが来ることが預言でわかっていたのなら、どうしてもっと早く撒かなかったのかも気になる。どこの娼館か、まで特定されたら逃げ切るのはかなり難しくなるだろう。


 いくら相手がソードマスターだとはいえ、未来が見えるならどうとでもできたはずだ。それなのに、何故?


「……作戦を変えるしかないわね」

「作戦、ですか。まぁ俺としたらもうあそこに行かなくてもいいならなんでもいいんですが」

「娼婦という証拠は欲しいからそこはもちろんまた行くけど」

「あんな危険な場所に!?」

「娼館へ行くことをそんなに怖がる男性って、珍しいんじゃないかしら……」


 一気に青ざめ小刻みに震えたオスキャルに苦笑しつつ、私はいい案はないかとうーんと唸る。


「一応私たちはお兄様の護衛として少しは顔を売ったじゃない? なら、聖女の護衛に抜擢してもらえたりとか」

「できませんね。何かあった時、俺はエヴァ様を優先します。その結果、一応は王太子殿下の結婚相手として来られている聖女様の護衛が足りません」

(そうよね。お兄様は本人も強いってのと、近衛騎士に所属しているから騎士がいつもより多くても研修とか言って誤魔化せたものね)


 だが戦闘能力を持たない聖女は違う。

 そんな彼女に見習いをつけるのも怪しい。しかも彼女には、私たちが後をつけていることがバレているのだ。警戒されているはず。


 何かいい方法はないだろうか? 彼女の後をつけたことがバレているのは痛いが、そこをなんとか誤魔化しつつ彼女に近付くいい何か。

 そんな〝理由〟を求めてうーん、と頭を抱えた私は、ふとあることに気が付いた。


「娼婦って、いわば色恋営業ってことよね」

「全てがそうではありませんが、そういう面もありますね」

「なら、私がしてみようかしら」

「……は?」


 私の口にした意味がわからなかったのだろう。オスキャルがポカンと口を開けた。


「こちらから近付けないなら、相手から近付いて貰うの」

「どういうことですか?」

「つまりは色恋営業よ」

「全く意味が分からないんですが」

「私、自分で言うのもアレだけどめちゃくちゃモテてるじゃない?」

「あー」


 エーヴァファリンとしてはぶっちゃけ「別に」という感じというか、むしろ幽霊姫と蔑まれているが、王太子の護衛騎士ヴァルは違う。どこに行っても令嬢たちから黄色い悲鳴が上がる。


「相手もプロだけど、私もプロみたいなものじゃない?」

「全然違うと思いますけど!?」


 うんうんと頷きながらそう告げると、愕然とした表情のオスキャルと目が合ったが、まぁ彼からすれば私だけがモテることに納得はできないのだろう。

(だって遅めの思春期だものね)


「口説くって言っても軽くよ。もしかしたら私のお義姉様になるかもしれない人だもの、お兄様との対決とか絶対嫌だし」

「いや、王太子殿下は別に聖女様に懸想されてはおりませんが」

「でももし簡単に私になびくようなら……じゃなく、聖女を偽っている娼婦だとすれば王太子妃として認めるわけにはいかないわ。王族としてね!」

「はぁ」

「だから接触して、探るわよ! 懐の中を!」

「今度はそのパターンかぁ……」


 気合を入れる私とは違いがくりと項垂れるオスキャル。だが、接触に失敗し警戒までされたのならこの方法しかもうないだろう。多分。

(最初は好印象じゃない相手だからこそ、上手くすればその振り幅でものすごく好印象に持っていけるものね)


 これもいわばひとつの駆け引きというやつだと本で読んだ。

 それに外部からちょっかいをかけるなら、彼女自身の護衛を減らす必要もない。


「好きだから後を追った、という言い訳もできるしね」

「それストーカーって言うんですけど知ってます? むしろダメなやつですよ」

「あら。あんな場所に好きな子が向かっていたら、オスキャルは止めないの?」

「うわ。こういう開き直りが一番恐ろしいんですよ──と言いつつ、俺も、もしエヴァ様があんなバケモンの巣窟へ向かってると思ったら……」


 呆れた顔をして私を嗜めていたはずのオスキャルがあっさりと言いくるめられ、モゴモゴと語尾を小さくしながら何かを呟いているのを聞きながら、私はどう聖女を口説こうかと考えていたのだった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?