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第五十一話 ただ、花が似合うと思ったから

 いつものように私の部屋の前まで迎えに来てくれたオスキャルがちゃんと『オスカー』の姿であることを確認しにこりと微笑む。

 そんな私ももちろん『ヴァル』の姿だ。


「やっぱり女性を口説くなら花だと思うのよね」

「エヴァ様もその、花を貰ったら嬉しい……ん、でしょうか?」

「いや、私はいらないけど」

「……」


 オスキャルからの質問に正直にそう答えるとなぜか少し拗ねた表情をされる。そのことを怪訝に思いながらも私たちがむかったのは庭園だ。

 その中でも特に豪華に栽培されている薔薇の花の区画へ行く。当然この薔薇たちは王城の管轄であり管理している庭師ですら個人の采配で勝手に摘むなどは許されてはいないが、変装中のヴァルの姿でもその中身の私は王族なのでしれっと拝借することにした。


「端っこならいいわよね」

「俺がやります。どちらがいいでしょうか?」

 流石に綺麗に整っている真ん中から、なんてことはせず庭園の隅にしゃがみそう口にすると、すかさずオスキャルがそう言い私と薔薇の間に割り込んできたので思わず苦笑してしまう。


「専属護衛騎士って、花の棘からも護衛してくれるのね」

「っ、怪我されたら俺が怒られるってだけで……!」

「あはは、じゃあそういうことにしておくわ」

 私の指摘に耳をカァッと赤く染めたオスキャル。その様子に思わず笑みを溢しながら、薔薇の花を五本ほど指さすと、すかさず摘んで丁寧に薔薇の棘を取ってから渡してくれた。


(そこまで過保護にしなくてもいいのに)

 護衛騎士の仕事はあくまでも護衛をすることだ。その対象は敵意を持つ相手からの敵意や事故などのトラブル、魔物などの対処も含まれるが花の棘取りまでは流石に含まれない。

 私が勝手に花を摘み、その花で小さな傷を負ってもそれは自己責任だ。


 それでもオスキャルはそんな小さな自業自得からも私を守ってくれようとしているのだと思うと、胸の奥がほわりと温かくてくすぐったい。


「ねぇ、ちょっとこっち向いてくれない?」

「え?」

 私がそう言うと、きょとんとした顔を向けられる。花へと視線を向けていたオスキャルが振り向くと、そんな彼の耳にかけるように小さめの薔薇の花を一本挿した。

 みるみる彼のその瞳が驚いて見開かれる様に、私はつい小さく吹き出してしまう。


「摘んでもらった花で申し訳ないけど、まぁまぁ似合うんじゃないかしら」

「え、いや、それはどうかと……」

「そんなことないわよ。変装中の銀髪に映えてて似合ってるから、オスキャルにあげる」

「えぇー」

 完全に戸惑った表情になったオスキャルの眉尻が困ったように下がるが、挿した薔薇の花がその場で外されないことについ口角があがってしまう。


(気を遣ってるのかもしれないけれど)

 それでもきっと、オスキャルは嫌なことはちゃんと言ってくれる人だから。


 私は薔薇の花を髪に飾ったオスキャルに満足気に頷きながら、残りの四本の薔薇を手に持って早速聖女の元へと向かったのだった。


 ◇◇◇


「おはようございます、聖女様」


 コネで入手した聖女のスケジュールを元に、王太子妃の教育のために移動している彼女へと声をかける。現在彼女の護衛には三人の近衛騎士がついているが、兄から事前に私たちのことはネタバラシされているので、城内で王太子妃候補の聖女様をナンパしようとする不埒な騎士を咎めることはなかった。

 とは言っても、私たちの正体を知っているのは兄との部下である一部の近衛騎士、そして姉たちくらいで、当然聖女本人は私たちの正体なんて知らない。


 だからだろうか。突然あまり顔なじみのない騎士から話しかけられたからか、僅かにビクリと肩を跳ねさせた聖女だったが、すぐに笑顔で挨拶を返してくれる。

 その表情に警戒は浮かんでいない。


(私たちがこの間つけていた騎士だってわかってないのかしら)


 もし本当に彼女が預言者の聖女であれば、私たちの正体に気付かないなんてことはあるのだろうか。それとも私が幽霊姫であり、聖女の正体を探る目的で近付いているのを預言で知っているからこそ、調べるなら調べろということなのかもしれない。


 だが、それならそれで都合がいい。自由に動く権利を与えてくれるならば、こちらも目的のために道化にでもなってみせると誓って、にこりと笑みを彼女に向けた。

 ここからが本領発揮である。


(ロマンチックを気取るにはどれだけキザなことでも照れるのはダメよ!)


 照れてしまってはすべてが台無しだ。その全てが嘘っぽく、そして一定層需要のある『照れ顔』を有効活用できないから。

 それらの注意点を心の中で反芻しながらゆっくりと口を開く。

 まずは、気取った男のターンだ。


「朝露に濡れたようなその美しい瞳には負けてしまいますが、どうか貴女を彩る雫にこちらも混ぜてはいだだけませんか?」

 僅かに口角を上げ、目はした瞼に力を入れつつ細める。まるで彼女に陶酔したかのような視線を向けると、彼女の白い指が薔薇へと伸ばされた。


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