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第五十二話 綻ぶ表情は計算なのか天然なのか

「ふふ、ありがとうございます」

 ふわりとまるで花が綻ぶように笑みを溢すその姿に神々しさすら感じる。


(すっごく聖女って感じ!)

 聖女の護衛にと同行している近衛騎士たちがその笑顔に一斉に目を奪われるのが見えた。

 その様子を見た私が反射的にオスキャルの方を振り向くと、振り向いた私を不思議そうに見る彼と目が合う。


 他の騎士と同様に目を奪われていないことに安堵した私だったが、そもそも安堵したということに驚いた。別にオスキャルが聖女に見惚れていようといまいと関係ないはず、なのに。


(これから一緒に聖女の正体を暴くためのパートナーだからってだけよ)


 そんなオスキャルを見て、どうしてか無性に悔しくなった私は彼の足を思い切り踏みつける。


「あっぶな!」

「ちょっと、避けないでくれない?」

「避けない選択肢ないですけどね!?」


 ついいつものようにキャルキャルと言い合っていると、聖女がクスッと小さく笑った。そしてクスクスと可愛らしい笑みを溢しながら私たちを見比べる。

 その視線は、決して何か確認するようなものではなく、ごく自然な──そう、ただただ私たちのやりとり楽しんでいるという、まさにそんな感じである。


 それは先ほど向けられた微笑みよりどこか自然な笑みで、私はそっちの方が好きだと感じた。


「では、私は失礼いたします」

 恭しくペコリとお辞儀し、私たちの元を後にした聖女の後ろ姿は、すぐに見えなくなってしまった。


「エヴァ様」

 妃教育へ向かった聖女を見送ったあと、オスキャルに名前で呼ばれ慌てて辺りを見回す。

 幸いにも、その場には他に誰もいないようだったが、今の私は『騎士ヴァル』だ。エヴァと呼ばれては困る、とオスキャルへ文句を言おうと口を開いたのだが、振り向いた私の髪にスッと小ぶりな薔薇が挿されて驚いた。


「え? これって」

「あ! さっきエヴァ様にいただいたやつじゃないですよ!? 間引かれてた花、一本くれるって庭師のおっちゃんが言うから……その、お返しっていうか」

(お返し)


 間引かれ廃棄される花だったなら、そりゃ欲しいと言えばくれるだろう。もちろんそれは専属護衛として王城へ出入りし顔なじみになったオスキャルだからこそ貰えるものではあるのだが……だからこそ、欲しいなら私に言えばいくらでもあげられたのに。

 それなのにいつの間に貰ってきたのだろう。


 というか、薔薇のお返しが同じ薔薇だなんて。

(それはちょっと、人によっては怒ると思うんだけど)


 ──でも、何故だろう。


「じゃあ、オスキャルとお揃いってことね」


 今は男装中で薔薇なんて似合わないと思うのに、外す気にはならなかった。


 その日の調査という名の聖女への付きまといを終えた私は、オスキャルに送ってもらい私室へと戻る。

 正直本日の成果といえば聖女の自然な笑みを引き出したというくらいのもので、姉たちからの依頼はまだまだ達成してはいない。というかむしろどうやって達成すればいいのかも若干迷走しているといえる状況だったが、今日はいつもより気分が良かった。


(オスキャルもこんな気持ちだったのかしら)


 オスキャルからプレゼントされた一輪の薔薇を、そっと持ち込んだ細長いガラスコップへと生けた私はその薔薇を窓辺のよく目のつくところへと置く。


「十分綺麗よね」


 間引かれたあとの、もう捨てる薔薇の中から貰ってきたというこの薔薇は、確かに今咲き誇っているので植垣へ残しておくには少し咲き過ぎているのだろう。

 花というのはどれだけ美しく咲き誇っていても、同じ場所に大量に咲いていれば養分を取り合い枯れてしまったり、反対に咲かない蕾ができてしまうのだ。だからこそこの間引きという作業は庭師にとって大切な仕事のひとつなのである。


「オスキャルも、大事にしてくれるといいな」


 そんな言葉が自然の溢れ、私はその自分自身の発言に呆然とした。

 これではまるで私が大事にしているようで……いや、大事にしていないわけでもないけれど。それより、私が気まぐれであげた、正式なプレゼントでもなんでもない薔薇を大事にしていて欲しいと思っているようではないだろうか。


 そこまで考えた私は、そんな自分の思考は何かの間違いだと自分へ言い聞かせつつ、この説明できない悔しいようなそうでないような複雑な想いを胸の奥でくすぶられたのだった。


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