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第五十三話 残りの日数のカウントダウン

「こんにちは、聖女様」

「今日も麗しいですね」

「これ以上磨かれてしまうと眩しくて目が焼かれそうです」

「あぁ、貴女のその美しい金糸の髪に触れる許可をいただけませんか?」


 ある時は彼女が勉強の参考にしようとして向かった図書館で、またある時は妃教育のひとつであるダンス練習の練習相手として。

 もちろん聖女のスケジュールが事前に私側へと漏れているからではあるのだが、いたるところで彼女の前へと出向く日々。そんな生活を約一か月ほど続き、『三か月後の災厄』まであと二ヶ月と迫ってきていた。


「……絶好調ですね、ヴァル」

「声掛けだけは、って話だけどな、オスカー。こういうのは日々の積み重ねが大事なんだよ」


 行く先々で出没しせっせと声をかける私に、どこか呆れたような顔を向けるオスキャル。

(そりゃその全ての声掛けに付き添っているんだから、そんな顔になるのも仕方ないけど)

 だが後二ヶ月というリミットは私をも着実に焦らせはしていた。


 もちろん私は決して楽しんでいるわけではない。断じて違うんだと自分に言い聞かせつつ、私を見かけた令嬢たちに手を振ると、黄色い歓声があがった。

 だが、本命からはあまりいい反応はない。


「そもそも軽くあしらわれてる気がするのよね」

 訓練場近くの物陰に、お行儀悪く座り込んだ私とオスキャル。

 キョロキョロと周りに私たちしかいないことを確認し、口調を戻しつつはぁ、とため息を吐いた。


(人気ある方だと思うんだけどな)


 残念ながら実力はないので、訓練で格好よくキメる、なんてことはできないが、兄から借りた近衛騎士団の制服効果で『パッと見は優男なのに実は強い』というギャップの演出に成功した私は自分で言うのもアレだがかなりモテている。


 が、本命だけは反応がイマイチなことに頭を悩ませていた。


「好みのタイプじゃない、とか?」

「うーん、ですが結婚相手として望んでいる王太子殿下が好みのタイプなら、エヴァ様はいい線いってると思うんですけどね」

「兄妹だからね」

(でも、実際あまり相手にされていないのよね)


 そもそも聖女の好みは兄なのだろうか。兄を選んだのは、預言によるものだったはず。


「最初から違うのかしら」

「と、言うと?」

 ポツリと溢した私にオスキャルが首を傾げる。

 そんな彼にチラリと視線を向けた私は、すぐに考え込むように空を見上げた。


「お兄様との婚姻は、お兄様が好きなんじゃなく預言だったから、よね」

「そうですね」

「預言が嘘だった場合、その預言を偽った理由は王太子妃のポジションだも思ってたけど」


 兄と結婚したいのは、兄が好きだからだと思ったけれど。


「そもそもお兄様のことを好きじゃないのかもしれないわ」

「王太子妃の立場自体が目的ってことでしょうか?」

「多分ね」

「お金か……」


 私の結論にポツリとそう呟いたオスキャルに、私は首を左右に振ると、きょとんとした彼と目があった。


「お金で王太子妃は狙わないでしょ」

「いや、狙いません?」

「狙わないわ。少なくとも妃教育が始まればね」


 一般的に考えれば高貴でかなり優遇され大事にされると思うだろうが、実際の王太子妃は常に視線に晒されるので贅沢はあまりできない。


 王族は民からの税で成り立っているのだ。

 威厳を保つために身につけるものは最高級品だし、自然と高価な装飾品が手に入ったりもするが、だからといって全てが自由に欲しいものを買えるわけではなく、また、視察や慰問などでスケジュールは埋まる。


 そういった場にめかしこむことも当然できないので、正直王太子妃を狙うより裕福な子爵家などを探す方が簡単なのだ。

 その方が、より自由に時間もお金も使えるだろう。


(公務をサボってる私が言うことじゃないけど!)

 それでも、王族やそれらに繋がる者たちは制約が多く案外不自由なものなのである。


 期待をしていればしているほどその現実との落差にガッカリとし、しきたりとマナーに固められた清廉と言えば聞こえのいい縛られた生活に辟易するのだ。

 だからこそ、王太子妃、ゆくゆくは王妃となる女性の人格はかなり精査される。妃教育が厳しいのも、ある意味〝ふるい〟と言っても過言ではないだろう。


「でも気になるところもあるのよね……」


 思ったよりも圧倒的に自由が少ないと、妃教育もはじまった聖女だってもう気付いているはずなのに、彼女からのアクションは何もない。

 そのことが気になった。


 聖女は嫌がる素振りもしなければ淡々として学び、そして次の預言もされない。

 預言の聖女として王太子妃の座を願ったのは彼女だ。ならばまた同じように預言すればその生活も改善される。

 何でもいい、神託が降りたとでも言えば、いくらでもこの生活を変えて楽できるのに彼女は大人しく妃教育を受け、贅沢を願うこともなく現状維持を貫いていた。


「それなのに娼館には出向いてるのよね」


 娼婦としての仕事や生活が嫌でこんなだいそれた、一世一代の賭けに出たのかと思えばそうではなく。だからといって妃教育をを疎かにすることもなく。

 全く見えない彼女の真意に憶測すらもままならない。


 それでもヴァルとして聖女へ付きまとった私がひとつだけ導き出した答え。


「聖女は偽物だわ。預言も嘘よ」

 そう、これだけは確定だった。


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