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第五十五話 彼を内側へ、というのは厳しいけれど

(その可能性を考えてお兄様はすぐ様受け入れたと思うのよね)


 今思えば、私が彼女関わることにいい顔をしなかった兄の顔を思い出す。

 兄はきっとその危険性を考え、自らの懐に入れて監視することで民を守る決断をしたのだ。他の王族を含めて、自分自身すらも危険に晒す行為ではあるが、王城の中ならば他の誰かを忍ばせることも何か細工をすることも難しいし、何より民を最優先に考えればこの方法が最適であるのも確かだった。


 私にはオスキャルがいるし、姉たちはそれぞれ能力が強く、もちろん護衛騎士もつけている。聖女には護衛と称して自身の息のかかった近衛騎士をつけて行動を見張っているのだろう。


 彼女の方も、ぎっくり腰で受け入れられるとは思っていなかったはずなので動くに動けず、こそこそと娼館に通って指示を待っているのだ。


「きっと彼女の本当の能力は耳じゃないかしら」

「ブランカ殿下と同じということでしょうか?」

「同じとまでは言わないけどね。でもブランカ姉様のように魔力で聴力を強化できるのなら、誰かがぎっくり腰で苦しんでいることも気付けるし、私たちが娼館に行った時に先に逃げることもできたのよ」

「ひえっ」


 あの日の悪夢を思い出したのか、オスキャルが小さな悲鳴をあげる。おいソードマスター。相手は自分より弱い人間だぞ……というツッコミは彼の悲壮な表情を見て口にするのをやめた。

 トラウマになっているらしい。


(聴力を強化しただけだから、きっとヴァルとオスカーの状態の私たちが警戒されないんだわ)


 あの時娼館まで追って来た二人組だと気付いてないのだ。だって部屋に入る前まで私は、オスカーとしてではなくエーヴァファリンとしてオスキャルと会話していたのだから。

 私の全力の口説きが相手にされていないのは、もしかしたらあの時娼館に訪れたふたり組だとバレているからかと思ったがそうじゃないのならむしろ好都合。今の口説くスタンスが効かないのは彼女の娼婦として男を手玉に取る能力の方が上だったというだけだ。


(それならまだまだやりようはある)


「決めたわ、オスキャル」

「えっ、うわー。また俺めちゃくちゃ嫌な予感がするんですけど」

「大丈夫よ、実行は私がするから」

「もっと不安なんですけど」

「失礼ね! ちょっと彼女の足元に縋りついて一夜の情けを懇願するだけよ」

「はぁ!? 足元にってエヴァ様!?」


 私の発言を聞いたオスキャルが驚愕で目を見開くが、私はそんな彼のショックを無視してにこりと笑った。

 残念ながら私にはプライドも羞恥心もないのだ。もしあれば『幽霊姫』なんてあだ名を受け入れているはずもないのだから。


「そしてそれでもダメそうなら最終手段も考えてるわ。とにかく彼女とふたりきりになって、彼女の真意を聞き出したいの」

 もう兄の結婚相手としての真意を探るだけではダメなのだ。クーデターの可能性が出てきてしまったのだ。


(それを知るには聖女の仮面を被っている状態ではダメよ)

 ──だから。


「娼婦の彼女との対面、行くわよ!」

「ほら! 嫌な予感が的中したぁっ」


 思い切り頭を抱えるオスキャルの腕を取って、私は元気に聖女を探して歩き出したのだった。


 ◇◇◇


 聖女の行動は散々の付きまといのお陰でばっちりと把握しているので、次に彼女が通る渡り廊下の近くでこそこそと待機する。

 もちろんヴァルとオスカーの格好で、だ。


 この渡り廊下は宮と宮を繋ぐもので、廊下とはいうが屋根があるだけで足元は庭園に面している兼ね合いで土になっている。

 土とはいってもちゃんと整備され、小石ひとつ紛れ込まないよう毎日チェックされているので躓く心配もないし、屋根があるので雨で泥になったりもしない。

 転んだら擦りむくくらいはするかもしれないが、傷口に小石などが当たったり入る心配はないのでそこも安心だ。


(もちろん足元に縋りついて膝をついても痛くないわ!)

 だからこの場所を選んだのだが。


 うんうん、と自らの計画に満足しながら頷いていると、どこか顔色を悪くしたオスキャルがため息混じりに口を開く。


「エヴァ様、せめて、せめて俺が縋りつく方になりませんか。屈辱的ですが俺もその程度のプライドはもうとっくの昔に捨ててるので全力で縋りついてみせますけど」

「ダメよ、万が一正体がバレたら大変だもの」

「ですが」

「ダメったらダメ。対外的には聖女はお兄様の妃候補なのよ、そんな相手にいくらソードマスターでもオスキャルが縋りついて足に触れるのは罰せられるわ」


 だが私ならそんなことはない。もし咎められたら正体を明かせばいいだけだ。兄の結婚相手を見極めたかっただとかなんでも言い訳ができるし、これでも王族だ、罰を受けることもない。更にはどうせ蔑まれている幽霊姫なので、今更悪い噂がひとつ増えたところで痛くも痒くもないのである。


 そのことはオスキャルもちゃんと理解しているのか、どこか拗ねたような不満さ満載の顔を向けられるがそれ以上は食い下がることはなかった。

 そんな彼の葛藤に思わず小さく吹き出した時、目的の人物である聖女が現れたのを見てその笑みを慌ててひっこめる。


「いくわよ!」

「はい」


 小声でそう言ってからすぐに立ち上がると、相手側もある意味いつも通りだったからか特に驚く様子もなかった。


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