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第五十六話 余裕はきっとふたりだけだから

(護衛騎士は今日も三人ね)

 サッと彼らの方に視線を向けて確認し、オスキャルと目配せをしてそれぞれ歩き出す。護衛についている近衛騎士たちは私たちの正体を知っているので、待ち伏せしていても突然近付いても止めたりはしないが、今日の会話を聞かれるのはマズイのだ。

 何故なら彼らが知った情報は全て兄まで筒抜けになってしまうから、である。


 チラッとオスキャルの方へと視線を向けると、かなり嫌そうながらも頷き、護衛騎士たちと聖女の間を割るようにオスキャルが立ちふさがると、私も歩く速度を上げて彼女の手をそっと取る。


「少しだけ、俺に攫われていただけますか?」

 聖女の手の甲に格好つけて口づけを落とした私は、そのまま驚くみんなを尻目に彼女の手を引いたままその場から離れる。突然の私の行動に護衛騎士たちは焦ったような顔をするが、ソードマスターのオスキャルを押しのけて追うことはできないようだった。


 廊下から少し庭園を進み建物の角を曲がったすぐそば、実際先ほどの廊下からはそう離れてはおらず、この角から顔を出せば渡り廊下は丸見えというか、一分もたたずに戻れる程度の距離だったりする。オスキャルなら、魔力を使いぶっちゃけ一歩で合流できるだろう。


(私の護衛であるオスキャルから離れすぎたら、オスキャルまで職務放棄させちゃうことになるものね)

 ついでにいくらソードマスター相手だったとしても私にみすみす護衛対象を連れ去られたとなれば彼らも兄から罰を受けるかもしれないので、実際は護衛できる範囲での距離くらいしか離れないという約束をオスキャルとしたからなのだが。


 それでも建物の角を曲がったことで彼らの視界からは消えたことで、今頃三人は焦っているだろう。

 オスキャルが遅れを取るとは思わないが、あえて時間をかける必要もない。私は早々に彼女の方に向き直った。


 突然連れ去られた彼女だが、驚いた様子もなく平然としている。

 一瞬その余裕は預言でこの未来を知っていたからか、なんて思ったが、預言の聖女というものは嘘だという判断をした自分を信じ、彼女の前でまるで騎士が姫にするように跪いた。


「どうか美しい人。俺に本当のことを教えていただけませんでしょうか」

「あら。近衛騎士様が、私に何をお求めなのでしょう」


(彼女がこの状況を受け入れてるのは、私が近衛騎士の格好をしているから、ということね)


 にこりと余裕の笑みを見せる聖女の、その余裕さをそう推理する。もちろん先ほどの場所からそう離れてないこともわかっているからだろうが、それでも事実は別として異性にこうやって迫られれば多少なりとも警戒するものだが、彼女の本業の影響なのかなんなのか。

 彼女からはそういった焦りも警戒も感じなかった。だがそれでは私は困るのだ。


(貴女の本心と本当の目的を教えて貰うんだからね!)


 そのためにはまず、彼女のその余裕の仮面を剥がして貰わなくてはならない。

 僅かな緊張から思わずごくりと唾を呑むが、私はそんな様子がバレないよう、彼女の真似をして余裕の笑みを作った。


「俺の望みはひとつ。貴女と──、ちゅうちゅうすることです!」

「ちゅっ……!?」


 私のその言葉を聞いて明らかに彼女の頬が引きつる。


(動揺しているわ! ということはやっぱり私のことはあの夜の追跡者と同一人物だとは気付いてなかったということね)


 ここだ、と瞬間的にそう感じる。

 今畳みかけるしかない、と思った私は更に言葉を重ねた。


「一夜の夢で構いません、。あ、どっちでもいいですが、できれば吸われる方がいいですね」

「す、吸うだなんて、何を」

「何……だろ、そこの説明はちゃんと聞かなかったなぁ。聞いておけばよかったですね、夜闇の館のあの店員に」


 あはっとわざとらしいくらい明るく笑うと、彼女の頬がピクピクと痙攣している。

 このまま彼女から余裕と冷静さを奪うのだ。何か口を滑らせてくれるように。


「あの冊子とは少しイメージが違うのは、この聖女服のせいかな? 吸血鬼と聖女服……ある意味関係性がありそうだから、この服も仕事道具ってことかな。これを着てちゅうちゅうすることもある?」

「──ッ、騎士様、この話は」

「このままここでしても構いませんよね?」

「い、いえ……」


 私が確信を持ってそう質問攻めにしたからか、流石にもう誤魔化せないと思ったのか。

 顔を引きつらせた聖女が小さく顔を左右に振る。その彼女の仕草と言葉に勝ちを確信した。


(トドメよ!)


「じゃあ、俺とちゅうちゅうしてくれるってことですか?」

「~~~っ、……えぇ、一夜だけ、でよろしければ」

「はい、では今晩!」


 しどろもどろにそう答える聖女に満面の笑みを向ける。

 彼女の足に縋りついて懇願するという状況にならなかったことを若干もったいなく感じつつ、この成果をオスキャルに伝えるのを楽しみにしながら渡り廊下へと戻ったのだった。


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