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第五十七話 いざ再びのあの智の元へ

「ど、う、し、て! わざわざ娼館へ再び足を踏み入れることになったんですか!」


 てっきり褒めてくれると思ったのに、私の話を一通り聞いたオスキャルがそう声を荒げたのを見て思わず唇を尖らせてしまう。

 だが、オスキャルは私がムスッとしたことに気付いていないのかわざとなのか、そのままお説教を続けるようだった。


「相手が認めたならそのままそこで聞き出せばよかったでしょう」

「いつ護衛騎士たちが聖女を探しにくるかわからなかったし」

「俺がたった三人を制せないとでも?」

「うっ」


 しれっと傲慢にも思えることを言われるが、確かにオスキャルならば脇を抜かれるなんてミスは起こさないだろう。

 だがそれを認めるのは悔しくてつい反論してしまう。


「でも、誰かが……例えばブランカ姉様が聞き耳をたてるかもしれないわ!」

「いや、それ全然いいでしょ。殿下ふたりからのご依頼で調べてんですから」

「うぐぐ」


(正論!)


「でもでもでもッ! そ、そう。相手のテリトリーに入ることが大事なのよ」

「はい?」

「娼館自体に何か仕掛けがあるのかもしれないし! それに私たちの目的は彼女が本当は娼婦だと確定させることと、その真意を探ることよ! ならここではなく、あちらへ出向くのが大事じゃないかしら」

「そ、れは」


 無茶苦茶な理論ではあるが、それでもオスキャルを頷かせるには十分だったらしい。

 それに現状聖女が本当に娼婦だという証拠は何もないことを考えると、全てがすべて無意味ではないだろう。


(結局娼館へ入って行ったところまでは確認できたけど、娼婦として接客している姿は見れてないものね)


 王太子妃が娼婦だなんてのは流石に外聞が悪く、しかもその職業を偽って預言の聖女を名乗っているのだ。そこを指摘するためにも証拠はひとつでも多い方がいいというのは確かなことだった。


「と、いうわけで再戦は今晩よ! ふたりでちゅうちゅうプレイの実態を暴いてやろうじゃない!」

「やっぱそっちが目的ですか!? やめてください、お年頃だとか言われても俺は断じて認めませんからね!」

「わかってるわよ、オスキャルが遅い思春期を迎えてることは内緒だものね」

「俺がお年頃なんじゃねぇーッ!」


 きゃんきゃんと騒ぎながら頭を抱えるオスキャルを見ながら、私は今晩のために今からすぐ昼寝に入ることを決意しつつにんまりとした笑みを作ったのだった。


 ◇◇◇


 そうして迎えた夜。

 夜とは言っても今晩は彼女の後をつける必要もないので、日が沈むのを待ってから早々に娼館・夜闇の館へと向かうことにした。

 万が一聖女より早く着いたとしても、こちらは既に予約済みなのだ。それを伝え、待たせて貰えばいい。


(今度はあのバケモ……じゃなくて、オスキャルにトラウマを植え付けた娼婦とのちゅうちゅうプレイを勧められることはないし)


 そう思いつつも、もしまた出会ってしまったら、なんて若干不安になった私だったが、私以上にガタガタと震える格好悪いソードマスターの姿を見て冷静になる。

 自分より怖がったり焦ったりしている人を見ると逆に冷静になる、あの心理を実感しながら娼館に着くと、前回私たちを出迎えてくれたあの男の店員ではなく聖女本人が出迎えてくれた。


 私がひとりではなくオスカーと一緒に来たことへ僅かに眉をひそめたものの、流石プロ。

 動揺なんてしていないと妖艶に微笑みながら軽くお辞儀した。


 聖女は、王城で見るような清楚な聖女服ではなく、胸元がガバリと大きく開いた真っ赤なドレスを着ている。頭を下げた瞬間谷間を見せつけるよう胸を寄せたのはきっとわざとだろう。オスキャルがその胸元に目を奪われないよう彼の足を思い切り踏みつけ興味を逸らした私は、改めて彼女の服を見た。


 吸血鬼というコンセプトだからか、噛みつきやすいように首元も露になったそのドレスはどこかテロテロとした光沢のある布地で作られており、どこか安っぽいデザインにも見える。どうやらちゅうちゅうするのではなくされる側を想定した服らしい。


「こっちよ」


 真っ赤に塗った唇を僅かに開き、そう言いながらまるで挑発するように顎を動かす彼女についドキリとしてしまう。


(これが本物の娼婦ってことね)


 やっぱり前回遭遇したのは娼婦ではなくバケモノだった……という考えを慌てて振り払いながら彼女について行くと、一番奥の部屋へと案内された。

 その部屋は前回一瞬見えた内装とは違い、まさに〝普通の〟令嬢の部屋のような作りになっており、窓際に置かれている丸テーブルの上には真っ赤な薔薇が飾られている。

 他にも大き目のベッドに置かれた枕の柄や上掛けの柄も薔薇をモチーフにしており、壁にはこれまた薔薇をドライフラワーにして貼り付けられた立体的な絵画が飾られていた。


 家具はダークブラウンで統一されており、シンプルながら高級感がある。

 とはいえ、その家具はベッドと丸テーブル以外には化粧台とベッド横のサイドテーブルしかないのだが。


(実際に生活するには家具が少なすぎるけど、ここはあくまでも一夜を楽しむ娼館だものね)


 きっとこの家具たちは『吸血鬼』というコンセプトを活かすための演出道具というだけで実際に使うわけではないのだろう。

 部屋自体もかなり狭く、ほとんどのスペースをベッドが占めているところも、その考えが正解だと言っているようだった。


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