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第五十八話 ちゅうちゅうは不必要

 椅子などがないのは、私がひたすらちゅうちゅうを強調したから不必要だと思ったのだろうか。


「薔薇が多いのは、コンセプト?」


 あえて本題とは関係ない話を振ると、聖女が一瞬きょとんとする。


「ちゅうちゅうしたいって言ってたからそっち側希望だと思ったんだけど」

(そっち側ってどっち側よ)

 いや、吸う方なのだとはわかっているが、そもそも吸血鬼をコンセプトにしている娼館だということくらいしか知らないのだ。

 その戸惑いを察したのか、はぁっと大きなため息を吐いた彼女がドカッと大きな動作でベッドへと腰かける。

 見えそうで見えないギリギリの動作で足を組んだ彼女は、王城で見るよりもずっと雑な動作で髪をばさりと払った。


「あー、初心者ね。りょーかい。この娼館のコンセプトは知ってるのよね」

「知ってる」

「じゃあ、吸血鬼伝説はご存じ?」


 そう聞かれ、オスキャルと顔を見合わせた私はすぐに首を左右に振った。


「物語上の存在ということしかわからないかな」

「ふぅん。そうね、吸血鬼なんて実際に居ないわ。魔女はいるけど……でも、そもそも魔女だって結局は魔力の強い一族ってだけでしょ」


 その説明を頷いて肯定する。

 聖女の言う通り、この世界にいる特殊な進化を遂げた人間というものは存在しない。人間はあくまで人間しかなく、人間とは別の種族であるエルフやドワーフといった存在はいると聞いたことはあるが、魔女や吸血鬼といった、人間の形を模した特殊な存在というのはいないのだ。


 魔力が強く、自由にその能力を使えるローザの一族はその魔力の性質から『魔女』なんて呼ばれているが、実際は魔力が強いだけの人間である。魔女という存在の出る物語から『似ている』といつの間にかそう呼ばれるようになったのか、もしくはその強すぎる能力に敬意を表し物語が作られ、その呼び名が定着しただけなのか。どちらが先かは定かではないが、そうやっていつの間にか魔女というあだ名が付けられただけだった。


 それと同じで、吸血鬼も元は創作。人の生き血を食料としている人間はおらず、ただただ『人間と見た目はかわらないバケモノ』という創作物であり、そして魔女とは違ってその設定に該当するような、例えば生き血を吸わなければ魔力を使えないなんて人間も聞いたことはない。

 また、魔法の使える魔女、というわかりやすい設定とは違い、吸血鬼にまつわる話はもっと多く、若い令嬢の血だけを望むだとか、一度でも血を吸われれば吸血鬼の仲間になるだとか、設定は本によって様々だった。


「夜闇の館の吸血鬼は、まぁ娼館だからね。若い女性の血を好むという設定を採用していて、アンタたちが最初に冊子で選んだのは『好みの獲物を物色した』という部分を模してるの」

「なるほど、そういうパターンの小説からとっているのね」

「……ね?」

「とっているんだな!」


 ついいつもの口調に戻ってしまった私を庇うようにオスキャルが大きな声を出したので、聖女が一瞬驚いて目を剥くが、何もなかったかのようにすぐに説明を再開してくれた。

 ナイス誤魔化しである。


「基本的には私たちは吸われても吸血鬼にはならないって設定なんだけど、ちゅうちゅうされたいって人には妖艶な女吸血鬼から襲われるパターンと、吸血鬼に変えられてしまった令嬢に逆襲されるというパターンを選んで貰えるようになってるわ。今回はそっちが吸血鬼パターンをご希望だったから、薔薇を多く飾った部屋に案内したってわけ」


(前回案内された部屋は、ちゅうちゅうされる側の部屋だったってことかしら)


 だから中から娼婦が襲うように飛び出してきて、部屋の内装もここと違った感じだたのかもしれない。


「薔薇が多いのは、吸血鬼を怖がる令嬢を演出してるからよ」

「確か薔薇って、生き血の代わりに吸血鬼が吸うんでしたっけ」

「そう。だから部屋に多く飾って魔除けにしてるけど、結局襲われちゃう──みたいなプレイで臨場感を出すんだけど、まぁあくまでも小道具だから、全部生花じゃなくて造花なのよね」

「小道具とかちゃんとしてて、本格的なんだな」


 彼女の説明に思わず本心からそう返事してしまう。

 ここまでしっかりと細部までこだわっているのは、なかなか手が込んでいた。結構高位の貴族がこの娼館を支援しているのかもしれない。


「じゃ、説明も一通りしたし、そろそろプレイする?」


 そういった彼女は、さっきまでのどこか冷めたような表情を一気に強張らせ、恐怖で強張ったような仕草をする。組んでいた足をどちらもベッドへあげながらさりげなく太股を露出するテクニックについ感心していると、オスキャルに思い切り頬をつねられた。


「まさか、ですよね」

「え」


 じとっとした視線を向けられ、苦笑する。

 流石の私も本当にちゅうちゅうするつもりはない。興味がないとは言わないけれど。


(新たな扉を開いてる場合じゃないものね)


 ゴホンと咳払いした私は、恐怖に慄く表情をした聖女へと一歩近付きながら両腕を腰に当てて仁王立ちをし、にこりと笑顔を作る。そして、黒色の偽髪をバッと外すと、中から王族特有の淡いピンクの長い髪が露になった。

 その髪を見て、驚いた表情を作ったいた彼女が本当に固まる。


「ちゅうちゅうが気にならないと言えば嘘なんだけど!」

「やめてください、そんなことを宣言するの!」

「でも抱く器官がないのよ! だって私、女だものっ」

「あー、俺もです。あ、いや俺は女性ではないんですけど」


 私に倣い、偽の髪を外すと焦げ茶色のオスキャルの髪が現れた。

 瞳の色こそふたりともまだ元の色とは違うものの、王族特有のピンク髪とこの国では有名すぎる護衛騎士の二人組という様に流石に正体を察したのだろう。


「ゆ、幽霊姫!?」


 ある意味この娼館のコンセプトに似合ったあだ名で呼ばれ、私はまるでいたずらに成功したようにほくそ笑んだのだった。


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