「ちょっと! なんでこんな場所に引きこもりの幽霊姫がいるのよ!?」
完全に不敬すぎる発言だが、一般的にはその通りすぎるので苦笑しながら大きく頷く。
「騙してごめんなさいね、聖女様。貴女の正体が聖女じゃなく性女……じゃなくて、娼婦ということはわかってるの」
「何よ。証拠でも掴もうとでもしたってこと!? 私が王太子妃に相応しくない職業だから!」
「証拠は私が見たと言えばそれで終わりよ。何も掴む必要なんかないんだけど」
苛立ちを露にする聖女は、私のその発言にぐっと言葉を詰まらせた。
「まぁ、娼婦が王太子妃だなんて反対する貴族はいるでしょうけど、絶対ダメなんて法律はないわ。それが本当に災厄とやらに対抗できる手段ならお兄様も結婚すると思うし。だけど私は……」
王族として生まれたのだ。結婚は自身のためではなく国のためにするものだというのは私だって理解している。
当然兄も、姉たちもそうだろう。
だが、それでも大好きな兄たちには幸せな結婚生活であって欲しいというのも本音で──
「預言の聖女。いいえ、メイリアン・リストア。貴女の預言が嘘だと、そして貴女の本当の目的を知るために私たちは来たのよ」
──そしてその幸せな結婚は、嘘の預言で決められていいものではないのだ。
私のその言葉を聞いた聖女は一瞬困ったような顔をしたあとわざとらしいほど大きなため息を吐く。
「……ま、そうよね。ぎっくり腰で信じて貰えるとは思ってなかったわ」
(それはそう)
そしてこう言うということは、次の手があったと言うことだろう。
オスキャルとした予想にどんどん近付く答え合わせに、私は表情を険しくする。
「──貴方は、どれだけ守れるの」
そう言いながら彼女が視線を向けたのは私ではなくオスキャルだった。
「俺は姫の護衛騎士です、彼女を守るためなら全て救ってみせましょう」
「ふぅん、そう」
自分から聞いたくせにさも興味なく目を瞑った聖女は、両手のひらを筒状にして自身の耳へと当てる。
その瞬間オスキャルが私の腕を強く引き背後へと庇った。どうやら本当に彼女には何らかの魔力があるらしい。
緊張が張り詰めたが、聖女はそのまま動かない。
そうして暫く間を置いた後、おもむろに彼女が両手を顔の横で振って無抵抗をアピールする。
「ちょっとやめてよ。危害なんて加えないわ、私はね」
「それ、どういうこと?」
彼女の言い回しに引っ掛かりを覚えた私がすぐ様そう問い詰めると、「これも運命ってやつなのかしら」なんてどこか投げやりに呟いた。
「……私の目的は、こんなところで働く自分の状況を変えて誰よりも敬われる自分になること」
「嘘」
「ははっ、せっかち。でも正解よ、そう偽って、この国で最も能力の高い王太子殿下にお会いすることよ」
「お兄様に?」
いまだに警戒を解かないオスキャルの横からひょっこりと顔を出した私は、彼女の話に首を傾げる。
妃の立場を願いながら、その最終目標が兄と会うだなんて一体どういう意味があるのか。
だがその答えはすぐに彼女によって明かされた。
「警戒されてるみたいで、ふたりきりどころかほぼ会ってくださらないの」
「あー」
兄以上に姉たちが警戒していることを思えば、確かに誰かしらが邪魔をするのは簡単に想像がつく。
それに何より突然現れた預言の聖女なんて存在を、いくら預言が実際に行われたとしてもすぐに 信じるわけにはいかないのだろう。
「でも、お兄様に会ってどうしたかったの」
「エヴァ様、あまり前に出ないでください。何を仕掛けてくるかわかりません」
「何もしないってば。私は人より少し耳をよくするくらいしかできないもの」
(そこの予想も合ってたのね。ま、ブランカ姉様っている本物がいたから予測できただけなんだけど)
さっきの様子を見るに姉よりもずっと能力は弱いのだろう。それでも、平民はほぼ持っていないという魔力を持ち一部を強化できる魔力を持っているのは悪くない。
「安心して、ここには今本物の客しかいないみたい」
「本物の、ね」
「王太子に会ってどうしたかったの、の答えは簡単よ。助けてって言いたかったの」
聖女の口から出たその予想外の言葉に思わず私とオスキャルが顔を見合わせる。
そんな驚いている私たちを無視し、彼女はオスキャルを真っ直ぐ見つめて重ねて口を開いた。
「貴方、めちゃくちゃ強い騎士なんでしょ。引きこもりの幽霊姫の側にいるって聞いてたから会えないと思ってたけど、こうやって会えたなら王太子じゃなくて貴方でもいいわ、お願い、助けて欲しいの」
「助けてって、言われましても」
「そうでないと三ヶ月後に、この国は流行り病で大量の犠牲者を出しちゃうわ!」
「流行り病……!?」
それは様々な予想を当てた、冴え渡った今回の私たちですら想像できなかった、『三ヶ月後に起こる災厄』のその正体に、私はただただ絶句するのだった。