〝依存〟という言葉にドキリとする。
一時的にどこかへ手を差し伸べ助けても、根本を解決しなくては意味がないだろう。
それどころか一度始めてしまえば解決するまで終われない。
一度だけ、というのは結局その場限りのものであり状況を変えるほどではないからだ。
「私も、私の出身の孤児院だからって理由で寄付してるの。これでもナンバーワンだからね、あと二、三ヵ所くらいなら寄付できるとは思うんだけど……でも、全部は無理だから」
そこで言葉を区切った聖女に今度は私が頷いた。
継続できるかわからない寄付、そして手を差し伸べられなかった孤児院からの反感。それらすべてのリスクを考えると、『大義名分』というのは必ず必要なのだということは私が一番よく知っている。
(きっと彼女が短期間で高額の給与を欲してこの仕事を選んだのは、その弟妹たちのためなのね)
そしてそんな弟妹たちのために、王太子である兄上に直接助けを乞うため厳しい妃教育にも耐え、大人しく過ごしていたのだろう。
そしてその結果、都合よく現れた私たちに助けを求めたのだ。
「もちろんしょっちゅうは帰れないけど、たまに顔を見せたりして。貧乏だけど、楽しい生活よ。だけどある日帰ったら、院長を含め何人もが高熱を出していたの」
「高熱?」
「えぇ。明らかに病気だった。呼吸は荒くて熱も高い。私はすぐに薬を買ったわ。お医者さんを呼んで全員を見てもらうほどのお金はないけど、風邪に効く薬や喘息に効く薬を買うくらいは稼いでいたから」
そこまで話、聖女がゆっくり顔を左右に振る。その反応で続きを察した。
(効かなかったのね)
そしてその予測は正しく、彼女から告げられたのは薬を飲ませても下がらない熱の話だった。
「焦ったわ。そして看病するうちに、私にもうつってしまった。その孤児院にいた子供たちも、院長も全員がその原因不明の病で倒れたの」
「そんな!」
潜伏期間がほぼなくすぐに発熱したとなれば、感染力が爆発的に上がる。予防も対策も取れずに拡がってしまう。
その恐ろしさは想像に容易く、私は思わず声をあげた。
「子供たちは、他の感染者は……っ!?」
「ふふ。私が元気なのを見てわかるでしょ?」
「あ、え? 確かに」
焦った私だったが、目の前には元気に性女な聖女がいる。
「たまたま、通りがかった男性がいたの」
「男性?」
「その人にこれと同じ薬を貰ったのよ」
コツン、と小さな音を立てて目の前に置かれたのは、紫色の小さな小瓶だった。瓶自体に濃い紫色がついているので、中身が液体であるということしかわからない。
瓶の蓋はには金色の蔦のような装飾があり、赤い薔薇のモチーフが取り付けられている。
ついジロジロと眺めていると、聖女がその瓶を倒れないよう注意を払いつつ軽くつついた。
「特別な特効薬って言ってたわ」
「特効薬?」
「そう。私たちがかかった病の薬だって」
赤い薔薇に蔦という部分で一瞬ローザのことを思い出すが、彼女は魔女と呼ばれこそしているが、魔女の実態は魔力を扱うのに特化した血筋というだけで実のところただの人間である。薬師の真似事ができるなら可能かもしれないが、彼女が作っていたのは体を蝕む病への薬ではなく、恋に効く薬。惚れ薬だった。
日々進化する病に合わせ薬草を配合して作る薬とは違い、伝統を守り魔力も込めて作る特別な薬だ。心への薬へ特化している分、病への対処までできる薬を作れるとは思えない。
所謂〝畑違い〟というやつだろう。
だから、小瓶を作ったのは彼女ではないはずだ。
(きっと、聖女に薬を渡した男が作ったはず)
そしてこの薬がここにあるということは、きっと王都を襲う三ヶ月後の災厄こそ、彼女たちのかかった流行り病なのだろう。
「でも、おかしくないですか? なんでわざわざ薬をくれたんでしょう」
私たちの話を無言で聞いていたオスキャルが不思議そうにそう尋ねる。
そしてその疑問に、私も一緒になって首を傾げた。
「確かにそうよね。脅すなら、三ヶ月待たずに流行らせればいいしわざわざ治療する必要もないし」
三ヶ月後の災厄に向けて、治療薬が欲しいか? と聞くより、その流行り病の薬が欲しいか? と問う方がよほど脅威だろう。
そしてそれは聖女もわかっていたようだが、答えは持っていないようで同じように首を傾げる。
「私も高熱で朦朧としてたから確かなことはわからないのよね。ただ、どちらかといえば悪意というより善意だった気がするんだけど」
「え。でも、その男性が貴女を預言の聖女に仕立て上げてお兄様の婚約者に名乗り出させた張本人なのよね?」
明確にそう言われたわけではなかったが、三か月後の災厄が流行り病であることや、彼女がその特効薬を持っていること。そして娼館での待ち合わせを指定したところを考えると黒幕は男性である可能性が高い。状況から言って、聖女を助けたその男性が、今回の敵だと思ったのだが──それなのに、善意だなんてそんなことあるのだろうか。