(革命が絶対の正義と思っているタイプ……にしては、偽善的すぎるわよね)
「そうなの。だから娼館で再会した時、雰囲気が変わっていて驚いたわ」
「そもそも貴女の孤児院で病気が発生したところは偶然だったの?」
「確かに、そこから仕組まれてる可能性はなかったんでしょうか」
「ないと思うわ。この流行り病は森の向こうから流れてきたらしくて、孤児院で発生したのは偶然だったみたい。というかむしろ」
一瞬言葉を区切り、考え込むような仕草をする彼女を怪訝に思った。
「むしろ、誰かのための薬をくれたのよ」
「誰かの?」
「そう。薬はまた作ればいいからって譲ってくれたの。まさしく救世主ってやつだったわ」
また作れば、ということは確かに善意だったのだろう。それなのに手のひらを反すように流行り病を盾にして聖女の前に再び現れたのはなぜなのか。
「一か月くらいした時に突然娼館へ現れたの。恩を返せ、と言ってたわ。でも、何か望みがあるというより向ける場所のわからない怒りを滲ませるみたいだった」
「流行り病を預言して、特効薬を持っていたなら確かにそれで本物の聖女にも認定されるでしょうし、お兄様との縁談も確定的になるわね」
「薬は、また持ってくるって言ってたけど……」
「でも、聞いた感染力だと全員分の薬なんてできるの? 今あるのは手元にある一瓶だけなのよね」
「えぇ」
(そして未来の王妃になるよう後押しをしてやる、って話になってこうなったのね)
だが、こうやってライフスタイルで仕事を選びしっかり自分の居場所を確保している彼女が、王妃になんてなりたいと願うだろうか。彼女が妃教育を真面目にこなしていたのは、兄である王太子になるためだったと言っていた。
探せば本気で王太子妃の立場を勝ち取りたい令嬢なんて沢山いるし、確かに魔力を持っているという点で優れている彼女ではあるが、王族の婚姻相手が魔力を持っている必要はない。
私のような例外がいるせいで説得力が薄れつつあるが、本来『王家の血筋』は必ず魔力を持っている。よって婚姻相手に魔力の有無は関係なかった。それなのに、権力志向でもない彼女が選ばれたのは──
(体よく脅せる相手だったから)
彼女自身もナンバーワンを名乗るだけありとても敏い。だからこそ王太子妃になれば必ず王太子と接触できると今日まで厳しい妃教育に耐えていたはず。王太子には権力もあるし、本人も騎士としての力を有している。接触したタイミングで全てを話し助けを乞う計画だったのが、兄もまた警戒し接触ができなかったのだろう。
もちろん兄を篭絡する方法は彼女に無限にある。娼婦としての手管での篭絡を狙ってもいいし、ナンバーワンまで登り詰めたその賢さを使ってもいい。体の関係を持てればまた話も変わってくるだろうが、彼女の目的はあくまでも相談なので、おそらくその一線は守られただろうが……
「王太子殿下、シスコンですからね」
「あー」
「エヴァ様が騎士のフリして聖女様を口説こうとしている時点で、万一本当に王太子妃候補にしていたとしても対象外になったでしょう」
オスキャルがポツリと呟いた言葉に私は気まずさから目を逸らした。
「も、もちろん全くなびかなかった暁には、お兄様に太鼓判を押して推薦するつもりだったのよ?」
「結局娼館でちゅうちゅうを提案した時点で私は推薦してもらえそうにはないですね」
まぁいいんですけど。と呆れ口調で言われ俯いてしまう。彼女の全てをかけた計画を、まさか私が邪魔してしまっていたとは。
「で、でも安心して!? この責任を取って、私とオスキャルも、そしてお兄様へももちろん話を通すわ。お姉様たちにも!」
「それにはまず確定した情報を精査しないとですね」
「確定した情報?」
話しながらオスキャルの視線を追うと、その先は特効薬だった。
確かにもし特効薬の中身が偽物なら、それこそ大混乱になるだろう。
(そうなると、もしかしたら薬を偽ったと聖女が罰を受けるかもしれないわね)
もしかしたらそれが狙いなのかも、なんて一瞬頭に過る。だが──
「ちなみに中身は本物よ。私、味見したもの」
「味見したですって!?」
「ちょ、毒の可能性もあるかもしれないのに!?」
そのあまりにも大胆な発言に私とオスキャルが思わず顔を見合わせる。完全に引いた顔のオスキャルに苦笑するが、きっと私も同じような顔をしているだろう。
そんな私たちに少し焦ったように聖女が両手を顔の前で振った。
「だ、だってしょうがないでしょ!? 相手は顔つきも変わってたし、なんか負のオーラも出てたし! それに何より、王族相手にハッタリかますのよ、手札は確認しなきゃじゃない!」
(まぁ、最悪処刑になるものね)
彼女に断る選択肢が与えられなかった以上、話には乗るしかない。そしてこの薬が偽物だった場合、彼女の未来に処刑がチラつく。どうせ自分の命を懸けるなら、先に確かめてもいい、ということなのかもしれないが、それにしたってあまりにも大胆すぎるその行動に若干呆れてしまう。
だが、経緯はどうあれこの小瓶の中身が本物であると確認できたのは大きいだろう。