「これの中身を調べて欲しいの」
「ふぅん、私、薬師が本職じゃないから子猫ちゃんの望む回答はあげられないかもしれないけど」
「構わないわ」
ローザの言葉に頷くと、彼女はにこりと微笑み私から小瓶を受け取った。そしてそのまま屋敷へと入る彼女に続いて歩く。
促されるままテーブルに着いた私たちとは違い、ローザは私から受け取った小瓶を持ったまま別室へと向かった。そこから数分だろうか、思ったよりも早くにローザが戻る。彼女の手には、小瓶から少しずつ移したのだろう小皿が乗ったトレイを持っていた。
「これ、毒ね」
「え?」
戻ってきたローザの第一声。その言葉を聞き、オスキャルが私を庇うように僅かに腰をあげオーラを纏ったことに気が付いた。
「オスキャル。大丈夫よ」
「……」
「座って」
「はい」
「毒を目にするのは王族ならば珍しくないわ。むしろ毒だとわかっているなら対処も簡単でしょう?」
私の言葉に渋々従うオスキャルに小さく苦笑する。納得がいかないとどこか不満そうに自身の膝の上で拳を握る彼は、護衛としては百点満点だ。そんな彼の左手に、私は感謝が伝わるようこっそり自身の手を重ねる。小さくピクリと反応したので、おそらく伝わったはず。
「ブライトって花なんだけど、知っているかしら」
「確か、見た目は可愛い花をつける一輪咲きの花よね?」
ローザが告げた名前は、この国でも有名な花だった。細い一本の茎に、まるで妖精のドレスのようなふんわりとした黄色い花びらをつける一輪咲きの花である。高さは五十センチほどで、ぱっと見はコスモスのような、でも花びらだけはパンジーのような見た目のとても可憐な見た目をしているのだが、その花の花粉には神経麻痺を起こす毒があり、大量に吸い込むと呼吸器麻痺からの昏睡、そしていずれ死に至るというかなり危険な毒草のひとつだった。
見た目が可憐だからこそ子供たちがうっかり摘んでしまったりする事故が多発し、そして何よりこの花自身の生命力が強くどんな土地にも根を張り、繁殖してしまう。そこがこの花の厄介なところでもあり、しかも根っこからしっかりと駆除しなければまた生え、そしてすぐに増えるので、対処するにはその一体を焼き払うしかないのである。
毒を散布する花畑、なんて恐ろしい場所がすぐできてしまうので、通報があれば速やかに対処する、というのが鉄則だった。その毒草が、まさか材料に使われているなんて。
「ちょ、ちょっと、待ってよ! 私毒なんて持ち込んでないわ!」
そんな私たちとは対照に動揺し完全に立ち上がったのは聖女だ。
「それに私、ちょっと飲んで確かめたのよ!?」
「ローザ、毒って本当なの?」
もちろん少し飲んで確かめたというのは聖女の自己申告。その言葉を証明するものは何もないが、私は彼女が嘘を吐いているとはどうしても思えずそう口にした。そんな私にローザが訝し気な表情を向ける。
「えぇ。……とは言っても材料が、ね。この薬自体には毒はないわ」
その言葉に聖女が誰よりほっとした顔をした。
「材料が、毒?」
「そうよ、毒草が原材料ね。でもその毒の部分を上手く中和させるように配合されているみたい」
「詳しいわね」
「えぇ。マンドラゴラは有毒だけど、そこをクリアすれば催淫の効果も強いからね。毒でも薬になることがあるってのは一部の界隈では有名なのよ」
本職じゃないから、なんて言っていたローザからこんなに決定的な答えが返ってくるとは思っておらず、つい目を見開いてしまう。だが彼女らしい理由に疑う余地はない。
そして彼女の説明に嫌な察しがついた。
「……オスキャル、もしこの毒草が見つかったら、どうする?」
「自生しているなら焼き払いますね。育てているとなれば、暗殺や反乱が考えられるので王城へ召喚されるかと」
「その通りだわ。聖女とローザはどう?」
「もし見つけたらすぐに衛兵へ連絡するわ。子供たちが間違って触りでもしたら大変だもの」
「私も同意見よ。毒でも薬になることはあるってわかっているけど、扱いに失敗したら大惨事だからね」
「えぇ、それが正しい対処だわ。衛兵か、騎士。ちゃんと適切な手段で排除するのが一般常識だもの」
(でも、毒草でありながら薬でもあったなら)
私はある可能性に辿り着き、ため息を吐いた。
「それって、もしかして」
聖女も同じ可能性に辿り着いたのだろう。彼女の顔色が一気に青ざめる。
「聖女の元へ現れたその男性は、薬はまた作ればいいって言っていたのよね」
「まさか」
どうやらオスキャルも理解したのか、眉をひそめ息を呑んだ。
「多分、みんなが想像した通りよ。その男性の大切な人が病の犠牲になったんだと思うわ」
いつ、どこに毒草が発見されて焼き払われたのかはわからない。だが、誰かがこれは毒だとそう気付いたらすぐに焼き払う処理がされる。それは衛兵が独自で判断し行うこともあれば、騎士団が派遣されることもあった。
このリンディ国では当たり前の対応だからだ。その毒草が薬になるとわかっていても、自生しているものが発見されたらやはり同じ対応がされるだろう。
(万が一国民の誰かが誤って口にしてしまったら大変だもの)
研究のために特別に栽培が許可されることもあるかもしれないが、それらは全て王家で管理し信頼のできる薬師の元でのみだ。
事前に摘んだり自家栽培していれば別だが、一か月後に人相が変わって現れたということはそういったことはしていなかったのだろう。
森の奥に住むその男性には、もし毒草を王家が管理していたのだとしても入手する術はなかったはずだ。
「薬を再度作る算段があったから譲り、そしてその結果材料が手に入らず治療が間に合わなかった。だからその毒草を焼き払う命令をくだした王家を恨んでいる、ということですか」
「私の前に現れたのも、結果的に薬を奪った私のことを恨んでいたから?」
「それはわからないわ。でも本当に聖女まで恨んでいたならもっと別の方法をとったと思うから、恩を返せくらいじゃないかな、とは思うけど」
だが本当のことはわからない。もしかしたら聖女もろとも恨み、この一本の薬を取り合うように仕向けたかった可能性もある。
「まぁ、この三か月という短期間でお兄様と聖女に特別な感情が生まれるとは思えないけど」
「あら! それは人間の発想じゃない?」