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第六十六話 毒草から作るもの

「は?」

 誰に向けたわけでもない私の呟きに反応したのはローザだ。そして何故か私たち三人が思いつめた顔をしているのに対し、どこか楽しそうである。

(そういうところが流石魔女様って感じね)

 放浪の一族でもあるローザには土地を大事に思う心はあまりない。今こうやって西の森に居続けてくれることが珍しく、そして魔女の一族である彼女が長期で滞在してくれること自体が我が国にとってはありがたいことなのだ。


「人間の発想って、魔女の発想は違うって意味?」

 彼女の言葉の真意がわからず首を傾げながらそう問うと、私の言葉を聞いたローザが可笑しそうに吹き出した。


「もうっ、何度も言っているけど、魔女は魔力が多い一族、それも王家とは違い自身の強化ではなく別のものに注げる者のことよ」

「それはわかっているけど」

「えっ! 注げるって何なの!?」

「ふふ。メイリアンにも特別にこの魔女の秘薬をプレゼントしましょうか?」

「ぎゃあぁ!」

「オスキャル」

 どこから取り出したのか、机に置かれた魔女の秘薬という強力な惚れ薬を見てオスキャルが叫び声をあげる。そんなオスキャルの叫び声で警戒したのか、聖女はローザから渡されたその薬を受け取らなかった。

 まぁ、ナンバーワン娼婦である彼女にはこんな薬などなくても、その持ち前のテクニックで惚れさせることくらいできるだろう。


「護衛騎士が怯えるくらいなんだし、そんなにヤバイ薬なの?」

「いえ。惚れ薬よ。オスキャルはほら、ちょっと思い出したくない黒歴史ってのがあるだけだからほっといていいわ」

「そ、そう?」

「魔女の秘薬はね、ただ同じ材料を使っても完成しないの。これは繊細な魔力操作が必要──とはいっても、魔力操作さえうまくできたら作れはするから、そこの彼も練習すればできるかもしれないけれど」

「まぁ、オスキャルには無理よ。ほら、トラウマ的な意味で絶対作ろうとしないと思うわ」

「それを使って自分に都合よく、とか考えないところが純よね」

 はぁ、とどこか珍獣でも目の当たりにしたようになったローザは、すぐに飽きたのか視線を魔女の秘薬へと戻した。

 この何も興味を持たないところが彼女のいいところだろう。


「でもこの薬は違うわ。魔力の質が根本的に人間と違うわね」

「根本的に?」

「えぇ。これは人間が作ったものではないわ」

 ローザのその説明に私たちは思わず顔を見合わせる。


「せ、聖女は違うわよ。偽物だもの」

「うふふ。もちろん魔女も違うわよ、そして聖女も違うのはわかっているわ。だってどっちも〝人間〟だもの」

「……まさか、エルフ、ですか?」

 その含みを持たせた言い方に、オスキャルがポツリとそんな言葉を溢す。


 ──エルフ。

 エルフとは人間と異なる長寿の種族であり、森に生き、精霊と交わる生まれついての異種族だという。『愛を唄う』という伝承があるほど愛情深いとされるのは、長寿ゆえに見守る時間が長いからという説があるほどだ。

 一方、「魔女」とは種族ではなく、強い魔力を持った人間を指す呼称にすぎない。人間はあくまで人間でしかないのである。


(そして人間ではないエルフなら、特殊な魔力を有して毒を薬に変えてもおかしくないわ……!)


「でもエルフやドワーフってのは伝説の存在じゃないっ」

 ローザの言葉に衝撃を受けたのか、聖女が思わず後退るように机の上に置かれた薬から距離を取る。

 その男性と実際に接したからこそショックが大きかったのかもしれない。


「エルフもドワーフも実際にいる種族よ。人間とは棲み分けているだけだわ」

 森を好むエルフと山を好むドワーフ。海には人魚もいると聞くが、そもそも陸続きの大陸では海という存在自体が幻想の存在だ。その中でも森に棲むエルフは一番人間に近い種族ではあるが、長寿な彼らとは生きる速度が違うのでほぼ関わることはなかった。

 それゆえに聖女が伝説の存在だと思っていてもおかしくはないだろう。


「エルフは『愛を唄う』のよ。長寿だからあまり繫殖能力が高くない彼らは、見つけた伴侶と生涯添い遂げると言うわ。その伴侶にだけ愛を唄ってね」

「じゃあ、まさか聖女様に接触してきたエルフが亡くした相手は」

「伴侶だった可能性が高いわね」

 愛を唄う相手を失った時、それも人間側の都合で焼き払った毒草が入手できなかったことが原因ならば、どれほどの恨みを抱くだろう。


「そりゃお兄様やお姉様たちが探しても見つからないはずよ……」

 私とオスキャルが疑ったクーデター。そんな可能性、優秀な兄や姉たちならば当然気付いているはず。そして疑わしい貴族たちはとっくに調べ抜かれたはずだ。

 それなのに私たちにまで依頼が回ってきたのは、単純に貴族たちから該当者が見つからなかったからだろう。


 だが相手がエルフだったのなら見つからなくても当然だった。

 自身の結婚すら国を回す歯車として捉え、政治の道具としての条件だけで婚姻相手を見繕う王族だからこそ、『愛のために』これだけのことを仕掛ける存在がいるだなんて想定していない。根本的な考えが違うからだ。


「これは、私たちだけじゃ対応できないわ」

「エヴァ様……」

「とりあえず準備を整えて、明日乗り込むわよ」

「エヴァ様!?」

 私の言葉を聞いたオスキャルが愕然とした表情を向けてくるが、仕方ない。


「タイムリミットがあるんだから、どんどん動かなきゃいけないでしょ」

「ちょ、さすがに卿の文句に納得よ!? 対応できないくせに乗り込むって矛盾しすぎだわ!」

「あら。準備を整えてって言ったじゃない」

「あー……。準備が不要ならこの足で乗り込む気だったんですか。正確な場所もわからないのに」

「ええ。タイムリミットがあるからね!」

「子猫ちゃんはタイムリミットって言葉の意味、ちゃんとわかっているのかしら。その日までは猶予があるってことなんだけれど」

「わかってるわ! でもどうせ乗り込むならいつ乗り込んでも一緒でしょ」

 フンッと鼻を鳴らした私に聖女は呆れ顔を向け、ローザはどこか楽しそうな顔をする。そしてオスキャルは、がくりと机に突っ伏した。


「ウチの姫様、止まんないんですよぉ」

 なんて、どこか嘆きにも似た呻き声を漏らしながら──……


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