「さ、行くわよ! 準備はいいわね!?」
「全然よくないですけど。今日ばかり早起きとか勘弁してくださいよ」
「私妃教育があるんだけどぉ」
「聖女はお兄様と結婚する気ないんだからもう妃教育いらないでしょ」
文句たらたらの聖女とオスキャルにため息を吐いた私は、そんな彼らを無理やり誘導するように王城裏に停めた馬車へと乗り込む。もちろん今日向かうのは聖女の過ごした孤児院の奥にあるという、エルフが住んでいるだろう森だ。
(そこに今もいるとは限らないけど)
だがいる可能性は高いだろう。何しろエルフは愛を唄うと呼ばれる種族、伴侶と過ごした家を離れるとは考えられないから。
「そのエルフは何を一番恨んでるのかしら」
「エヴァ様?」
零した言葉を拾ったのはオスキャルだ。私の言葉の真意を測りかねているのか、少し困ったような表情をしながら私の顔を覗き込む。
流石に王家の紋章の入った馬車で動くと注目を集めすぎてしまうため、城下町でも馴染むような少し地味な馬車を選んだ結果、いつもよりかなり車内が狭くなってしまっている。一応は敵側である聖女と隣り合わせ、また向かい合わせで座らせるわけにはいかないというオスキャルの主張の元、私の隣にはオスキャル、そしてオスキャルの向かいに聖女が座っていた。私からみれば斜め向かい、というやつである。
そんな狭い車内にとっくに成人した三人が座っているとなればなかなかに窮屈だ。だが、それゆえにオスキャルがいつもより近く、そのことが今は心強い。聖女の前だが、聖女こそ性女という男女のプロなので特に何も言ってこないだろうと、私は少しだけオスキャルの方にもたれかかる。
「王家だと思う?」
「それは……」
「私かもしれないわよ。薬を私たちが貰わなかったら、きっと今こんなことになってないし」
「どうかしら」
どこか私を励ますように言葉を重ねる聖女に苦笑してしまう。
きっと彼女たちを恨んでいることはないだろう。もし恨んでいるならば、もっと効率のいいやり方があるからだ。
「もし俺なら」
「?」
「俺なら、俺を一番恨むと思います」
「オスキャル……」
なんだかんだで優しい彼なら、きっとエルフのように薬を譲ってしまうだろう。しかも薬はまた作れる算段があったのだ。迷う余地など無い。
けれど想定外のことが起こって、薬の材料が手に入らなくなってしまったら。
確かにオスキャルなら、オスキャル自身を責めるだろう。
(自分たちを擁護するつもりはないけれど、毒草を焼き払う判断は間違ってはいないわ)
いくら薬になるとしても、その事実を知らなかったなら毒を排除するのは当たり前の行為だ。それだけじゃない。万が一毒草だと知らない誰かが摂取してしまったら。
その可能性がある限り、国民の安全を守るという観点からも排除する以外の選択肢はない。
「誰も悪くないってことね」
だからこそ湧き出るこの感情は、〝やるせない〟ものなのかもしれない。
「……ねぇ。目の前でイチャつかれると困るんだけど」
「え?」
「え、じゃないわよ」
オスキャルの肩に頭を預けていた私を戸惑ったように見る聖女に思わず首を傾げる。何故か動揺する彼女に眉をひそめた。
「あら。ナンバーワンを名乗るくせにカマトトぶってるのかしら」
「悪いけど、それこっちのセリフだからね」
私の言葉を聞いた聖女が愕然としながらそんなことを口にする。
「普段の仕事ではもっと凄いことをしてるんでしょ」
「してることもあるし、してないこともあるわよ? 夜闇の館は吸血鬼プレイを楽しむ特殊なコンセプトの娼館だもの。本格的な演劇のようなことを求められることだってあるわ」
「思ったより面白そ……」
「エヴァ様!」
「思ったより大変なのね」
一瞬その本格的な演劇ならばやってみたい、と思ったが、それを口にする前にオスキャルからこってり叱られそうな気配を感じ話す内容を変える。
流石オスキャル、そんなところも鉄壁だ。
「ていうか、エルフとはどんなプレイをしたの?」
ふとそんなことが気になり、聖女に聞いてみる。エルフからすれば人間が想像の中の吸血鬼になりきって出迎えてくるなんて異常な光景だろう。そんな彼が受け入れたのか拒絶したのかが気になったのだが、彼女はツンとそっぽを向いた。
「あら。私は娼婦が本職なの。お客様の情報を流すなんてことはしないわよ」
「まぁ。思ったよりしっかりしてるのね」
「当たり前でしょう。健全安全な夜遊びを提供しなきゃプロとはいえないわ」
「へぇ……?」
「ちょ! 俺は行ってません、行ってませんから!」
「でも詳しかったわよね」
「エヴァ様ぁ!」
じとっとした視線をオスキャルへ向けると、オスキャルが慌てふためいた。その反応はむしろ肯定しているようだが、オスキャルが主人である私を命がけで守る義務があるように、主人である私は護衛騎士である彼を必ず信じ抜くという義務がある。
(仕方ないわね)
怪しいと思わなくはないが、彼がそう言うならばそうなのだ。