「でも今回はお客じゃないでしょ」
「まぁ、そうね。というか相手が一途で有名なエルフだったなら、変に隠すと逆に名誉を傷つけそう。安心して、部屋に入って第一声が『恩を返せ』だったのよ。そこから吸血鬼ごっこなんてできないっての」
「確かに」
はぁ、と半ば諦めたように明かしてくれたエルフとの内情に、想像通りだったと私は口を噤んだ。
オスキャルはもう何も言うまいと謎の決意で口を噤んでいるが、そこには触れない方がいいのだろう。
そんなちょっとした会話に花を咲かせていると、急に馬車が止まる。
窓から外の様子を確認すると、どうやら森の近くまで来たようだった。
「孤児院は寄ってく?」
「いきなり騎士様を連れて行くとみんなびっくりしちゃうからいいわ。私が今聖女なんてやってるってのも知らせてないしね」
「ちょっと。それを言うなら私を連れて行くことに驚いてくれないかしら、私、これでも一国の姫よ」
「姫様、顔出ししてないじゃない」
「そうだったわ」
だが聖女の言うことも一理ある。服装や聖女云々は、その衣装を着ただけだといくらでも誤魔化せるだろうが、騎士は帯剣している関係でその格好をしただけだ、とは言い張れない。剣は偽物だと言い張ったとしても、それこそ子供たちのおもちゃになるだけだし、本物の剣で遊ばせるなどとてもできないだろう。
私は彼女の言い分に納得し、素直にそのまま森の奥を目指すことにした。
とは言っても森であれば馬車で進める場所に限りがある。
当然馬車が走れるように道が整備されていたりもしないので、ここからは歩きになるだろう。
「あまり遠くないといいわね」
「エルフは長寿の種ではありますが身体能力が特別に優れている種ではありませんので」
「それもそうね」
「ま、待ってよっ!?」
オスキャルからの補足説明に頷きながら歩いていると、突然後ろから聖女が慌てた声を出したので一瞬顔を見合わせた私たちが振り返った。
どうしてだろう、聖女がかなり呼吸を荒くしながらフラついている。
「あら。大丈夫?」
「も、森をその速度で歩くのは普通の人間には無理だから!」
「そんなことはないわ。オスキャルはオーラを纏えるけれど普通の人間だし」
「ソードマスターを普通の人間のカテゴリーに入れるんじゃないわよ!」
「私なんてむしろ病弱で城の奥に引きこもっている幽霊姫よ?」
「姫様はそもそも自分の足で歩いてないじゃない!」
「だって病弱なんだもの」
「うっかり転ばれたりしたら面倒なんで」
「だからって抱きかかえて進むな過保護ッ! せめて私に速度に合わせるとかしなさいよッ」
「チッ」
聖女の文句を受けて渋々自分の足で歩くことにする。まぁ、オスキャルに抱えて貰ったのは、馬車内で彼にもたれただけで動揺していた聖女の反応が気になったからなので降りることになったのは構わないのだが、オスキャルが私を下ろすことに戸惑いを見せたことに苦笑した。
(確かにこの森に毒草が自生していた可能性が高いから心配なのね)
毒草と言えど様々な種類がある。
その草を煎じてはじめて毒を抽出するものもあれば、その花や種などを直接食べるなどして中毒症状が起こるものもある。そして中には葉などに毒があり、触れて怪我をした時などから毒を受けてしまうものだってあるのだ。
馬車は通れずとも十分な広さの獣道は確保されているとはいえ、歩いている時にうっかり足を引っ掛けて擦り傷などができればそこから毒を摂取してしまう危険性もある。だからこそオスキャルが心配するのも護衛騎士としては当然の反応なのだろう。
「でも、毒草を焼き払ったからこうなってるのよ。だから大丈夫」
私のその声掛けで渋々地面に下ろされる。そんな私たちの様子に、聖女がボソッと『面倒くさ』と呟いたのが聞こえたが、それは同感だったので聞き流すことにした。
(私の体は私のものじゃない。いつか国のために使う体だもの)
面倒くさいくらい注意を払うのも当然なのだから。
三人くらいなら横並びで歩けそうな幅はあるが、一応今回の発端が毒草ということであまり草が茂っているところには入らないよう獣道を一列に並んで歩く。先頭がオスキャル、そして私を挟んで聖女だ。
道案内を考えれば聖女が先頭でもよかったのだが、彼女も森の奥には入ったことがないということだったのでこの並びになった。草木が少なく一応道として成立しているとはいえ獣道だ、王都の整備された道とは違いあまり歩きやすい道ではないせいでつい足元ばかりに視線を落としてしまう。
「ね、ねぇ、これあとどれくらい歩くのかしら?」
きっとまだ歩き出して二十分も経っていないどころか、自分の足で歩き出してからならまだ五分もたっていないかもしれない。けれど、想像以上の歩きづらさもあり体感では一時間は過ぎていた。
ゼェゼェと口で呼吸しながらそう問うと、やはり騎士である彼はこれくらい余裕なのか、息ひとつ乱れていない平然とした声色で「どうでしょうねぇ」なんて呑気な返事が来る始末。
(そうよね、オスキャルにとってこの程度なんでもないわよね……!?)
思い返せば隣国に潜入した時も一度訓練に混ざったが、とてもじゃないがついていけなかった。だが、あの時は私だけでなく他の貴族令息たちも訓練にはついていけなかったじゃないか。
つまり今息切れしている私こそ正常で、平然としているオスキャルの方こそ体力オバケというやつなのである。間違いない。
そう思った私は、休憩を求めるべく後ろを歩く聖女の方を振り返った。彼女もさっきのように呼吸荒くついてくるのに苦戦していることだろう。そう、思ったのだが。
「どうかしましたか? 姫様」
「えっ」
振り向いた先には汗ひとつかかずにこれまた平然とした表情の聖女がいる。てっきり私のように息切れしていると思っていたので、彼女のこの様子に愕然とした。