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第六十九話 貴方の目的は何ですか

「せ、せめて汗くらいかきなさいよ」

「すみません、汗は夜、殿方の上でしか……」

「あー! あー! 姫様の教育に悪いんでぇえ!」

「体力仕事なのでこれくらいで汗はかきません」

「よろしい」

「オスキャル、貴方私の父親なの?」

 くだらない会話で多少気を紛らわすが、それでも体力の限界が近い。流石にこのまま延々と歩き続けるのは厳しく、だが聖女をからかうという理由ではなく単純に疲れたからと抱っこをねだるのは自分のプライドが許さなかった。


「くっ、最早ここまでか……!」

「は? 姫様体力なさすぎません?」

「エヴァ様、意地を張らず……いや、ここは体力をつけるために限界まで歩かせる方が」

「鬼か」

「あーんッ! どこにいるのよ、エルフーッ!」

 恐ろしいことを言い出すオスキャルに慄き思わず叫ぶ。その時。


「侵入者はお前たちか」

「!」

 それは、私が王族として向き合わなければならない相手との邂逅の瞬間だった。


 ◇◇◇


「何しに来た?」

「……まさか本命の方から出て来てくれるとは思わなかったわ」

 どこか落ち着いた低い声がその場に響く。声色から男性だとわかるが、ローブのようなものを頭から深く被っており顔は見えない。

(確かにずっとああやって顔を隠していたのならエルフかはわからないわね)


 まるで透き通るように白い肌に全体的に淡い色合いを持つとされるエルフ。そのエルフと人間が最も違う部分は耳だった。

 彼らは人間とは違い、ツンと尖り細長い耳をしているのだ。その特徴から、もし見かければ一目でわかるはずだが、その特徴をあのように隠されれば聖女が接していた相手をエルフだと認識していなくてもおかしくはない。


 オスキャルが私と聖女を庇うように前へ出るが、そんな彼の腕を軽く引くと渋々斜め前へと立ち位置を変えた。私と相手との視界を遮らず、私を守れる位置なのだろう。


「なるほど。作戦は失敗ということか」

「ッ!」

 それは決して怒声というわけでなく、むしろ落ち着いたような話し方だが、威圧を孕んだ静かな声だった。その声を聞いた瞬間私の後ろにいた聖女が息を詰める。


「失敗とはどういうところがかしら? ここにいること?」

「その女には王太子を誘惑するように伝えた。近付くための足掛かりも与えたが、ここには王太子がいない」

(お兄様じゃないから失敗ってことね)

 だが失敗がそこならばまだやりようはある。

 私は緊張に気付かれないよう静かに呼吸を整え、ゆっくりと口を開いた。


「ここに来たことが失敗に当てはまってないのなら、王太子じゃなくても問題ないんじゃないかしら。私のこの色を見てわからない?」

「?」

「……。姫よ! 三女! 私も王族よッ」

 気合を入れて問いかけたせいで、『全くわからない』という風に首を傾げられつい声を荒げる。

 だが、彼が私を知らないのは私が幽霊姫だからではなく人間の国にあまり興味を持っていなかったからなのだろう。現に私が幽霊姫としてある意味有名な〝三女〟であることを伝えたが、その点にも不思議そうにしていた。


「貴方にとっての成功を聞く前に、王族として言いたいことがあるわ」

「ほう?」

「──毒草が見つかれば全て焼き払う。それは私たち人間にとって危険だからよ」

(そう、人間にとっては……)


 彼らの製法ならば毒草が薬になるなんて思わなかった、というのはただの言い訳だろう。ローザは毒が時に薬になるということを知っていた。つまりこの状況を、彼にこんなことをさせてしまったのは私たちの責任だ。だから。


「だけど、ごめんなさい」

「エヴァ様!」

 腰を折り頭をさげた私にオスキャルから鋭い声が飛ぶ。だが私はそのまま頭をあげなかった。


「何の謝罪だ」

 エルフの声が先ほどより低くなった。きっと、謝罪自体に苛立っている。

(そりゃそうよ、私の謝罪に意味はない。死んだ命が生き返ることはないんだもの)

 それでも、謝罪しないという選択肢が私にはなかった。王族として頭を下げる意味はわかっている。そしてそれに伴う責任と、危険もわかっていた。

 私が謝罪したことにより、王族が過ちだったと認めたことになる。


「貴方が大切な人を失ったのは私たちが毒草を焼き払うように命じたからよ。これがその結果だと認め、全ての怒りも恨みも私が引き受ける」

「なにをっ」

「その代わり! 今後同じことが起こらないように、力を貸して欲しい」

 オスキャルが私の声を遮ろうとするが、それを片手で制した私はゆっくりと頭をあげた。


「この期に及んで? 大切なものは彼女だけだった! まだまだ一緒にいられると思っていたのに、それなのに!」

「えぇ。本来なら治るものだったんでしょう、薬さえあれば。だからその薬を」

「つくる手伝いをしろって? どれだけ自分勝手なことを言っているとわかっているのか!?」

「わからないわ!」

「は?」

 激高し怒鳴りつけられるが、怯まず一歩前に出る。オスキャルの眉間のしわが深くなった気がしたが、それでも私は彼の行動を片手で制してもう一歩、更にもう一歩と彼に近付いた。


「私は自分勝手じゃない。王族として、人間の──これからくる〝災厄〟に対抗するための薬が欲しい。国民を苦しませるわけにはいかないから」

 一度言葉を切り、そしてゆっくり深呼吸する。近くまで寄った私が彼を見上げると、ローブの中で僅かに揺れる琥珀色の瞳と目が合った。


「貴方が望む罰を、このリンディ国第三王女、エーヴァファリン・リンディが受けましょう。だからお願い、未来の罪なき命を守るための力を貸して」

「──ッ」

「……それに元々貴方は最終的には助けてくれるつもりだったんでしょう?」

「そ、れは……。くっ」

 私の言葉に苦しそうに息を詰めた彼が、走り去るようにその場を後にする。私も慌てて彼を追いかけようとしたが、私の腕を掴み引き留めたのはオスキャルだった。


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