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第19話 情けない奴

 宿に戻れば眉に皴を寄せる店員と、作業着の男がいた。

 こいつは昨日不法侵入してきた、自称分裂の恋人。

 男はカウンターに身を乗り出して、

「頼む! 一晩だけでいい!!」

 何かをお願いしている。

 怪しそうな表情で男を睨むだけで何も言わない。

『痴話げんかでしょうか?』

 また余計なことを言いやがって、スマホを軽く叩いて黙らせる。

「あ、おかえりなさーい」

 気付いた店員は男をほったらかして、顔を入口に向けて出迎えてくれる。

「話聞いてくれよ! ホント、頼む!!」

 手を合わせて拝んでいる男。

「えっと、一体、なにがどうなって?」

「お客さんとは無関係だから大丈夫。気にしないで」

 店員は全く相手にしていない様子。

「な、なぁアンタ頼む! 少しだけ匿ってくれ!」

「え、えぇなんで急に」

「もういい加減にしてよ、匿ったら私達まで監査入っちゃうんだから、出て行って!」

 強めに注意された男は悲しい表情で懲りずに再びカウンターにかじりつく。

 監査ってことは、さっき屋台で話してたのと関係あるんだよな。

『誰かが密告したのですか?』

「し、しーちゃん、そうなんだよ! 同業者が、警察にチクったんだ! 仲間も捕まっちまう。けど俺は今捕まったら、彼女に会えなくなる、せっかく手に入れた仕事もできなくなる!」

『でしたら罪を償って、新しい人生を歩むべきです』

 柔らかい声だけど、新しい人生なんてない。生まれた瞬間、地位が決まって、運よく仕事に就けても、前科がつけば、永遠に最底辺に成り下がる。

「し、しーちゃん……君はやっぱり別人だ。俺のしーちゃんはそんなこと言わない」

 同一人物だけどな。

「町から出られないの?」

「無理に決まってんだろ、ゲートのカメラ認識で引っ掛かる。すぐに特定されちまうし、警備員に止められるんだ。どうあがいても逃げられない」

 ただの旅人には何も手助けなんてできない。できることは、

「捕まる前に彼女さんと話をしたら?」

 そんな助言くらい。

「できるなら話したいさ、けどもうブラックリスト入りだ! 企業が先手打ってSCに行ったって捕まるだけ! くそっ」

 店員は呆れた表情で、何も言わず宿の奥へと行ってしまう。

 髪をくしゃくしゃに掻き回して青ざめる男には同情してしまうが、会いたいなら、リスクを背負ってでも行くべきだ。

「あのさ、だったら――」

『ノアさんがサービスセンターの方に話をすれば会えるかもしれません。試す価値はあります』

「しーちゃぁぁん。このスマホならずっと一緒にいられる。なぁ、譲ってくれ!」

「はぁ? お前パソコンの子が恋人なんだろ」

「スマホの方が持ち運べるし、中身がしーちゃんならなんだっていい!」

「こ、こいつ……」

 なんでこんな奴を好きになったんだ? あの分裂は……。

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