「これはこれはタチバナ様」

　SCのスタッフは自動ドアをくぐって入ってきた俺を見るなり頭を低くして近寄ってきた。

「ど、どうも」

「ドクターFの実験は順調ですか？」

「あーうん。あの、ちょっとお願いがあって」

「はいもちろん、できる限りのことはさせていただきます！」

　気合の入った声だ。

「えーと知り合いがいて」

　外にいる金髪の男を指して訊ねてみる。

　スタッフはジッと男を見つめて、すると耳に指先を添えて誰かと通信してる。

「えぇ、はい、彼は……既にブラックリストに入っておりますね……彼がどうされました？」

「捕まる前にどうしても彼女と連絡を取りたいみたいで、あそこの個室を使いたいんです」

　昨日使っていた個室には『立ち入り禁止』という文字が宙に映し出されている。

　あれ、昨日は普通に入れたのに、なんで。

　スタッフは精一杯に悲しい顔で頭を下げる。

「申し訳ございません。端末にエラー報告がございまして、ただいま交換作業を行っております。タチバナ様の申し出であってもブラックリストに入ってしまった彼を入れることができないのです、お手数でございますがスマートフォンをお使いください」

　いやいや、ウソだろ、分裂が入ってたあのパソコンが、交換作業って回収できないじゃん！

「端末はどこに？！」

　焦りから早口になる。

「そ、それは、企業処理の規則通りに現在解体処理を」

「ど、どこで処理してるんですか？！」

「Nゲートの企業廃棄所でございますが、現在監査中――」

「どうも！」

　駆け足で、自動ドアに躓きながら外に飛び出した。

　急いで電動バイクに跨る。

「どうした？　入れるって！？」

「あの端末が交換作業されてるって、それで、企業廃棄所に」

「えッ！？　ま、まさか、彼女のこともチクったのかよぉ」

　こいつ、他の奴らに分裂のことを漏らしてたのか……。

　あの端末が処理されてしまえば分裂が回収できなくなる、もうこんな奴のこと構ってられない。

『急ぎましょうノアさん』

　ジェットヘルメットをかぶり、電動バイクに跨る。焦りとは正反対に、静かにモーターが動き出した。

　ハンドルブレースに付いているホルダーにスマホを固定。

「Nゲート地区詳しいんだよな？　一緒に」

　へたり込んだ男は首を横に振る。

「捕まって終わりだ……もう、無理だ。きっとしーちゃんは今頃俺の事を話してるんだ……」

　なんだよ、恋人だとか言ってたくせに、結局自分のことしか考えてない。まぁでも、気持ちは分かる、俺達ジャンク売りは、他人に構ってられるほど余裕がないんだ。

「んーあのさ、とにかく罪を償ったらこんな町飛び出して、別のところに行った方がいい。こんな大きい町よりさ、もっと温かい人がいる町もあるよ」

　励ましになればいいけど、今は分裂回収を急ごう。

　Nゲートに向かって、加速させた。

『まだ処理されずにいるといいのですが』

「あぁ」

『どうして気付かれたのでしょうか？』

「同業者が情報を売ったんだ」

『情報を売った？』

「ジャンク売りにもさ、警察とかに違法処理している奴の情報とか流してる奴がいる。そうすれば金が貰えるし、自分の罪も軽くなる……」

『仲間を売るなんて信じられません！』

　怒りに声が大きくなる。

「ジャンク売りのモラルなんてそんなもん。ほら、目的地」

『次の信号を右折して、真っ直ぐに企業地区のNゲートがあります。入り口に警備員がいます』

　信号を右折すれば、厳重な分厚いゲートがあった。ハイシティの中にさらに大きな企業の区域がある。

　監視カメラが一斉に俺を捉え、警備員が２人、赤く光る棒を持ってゲートの横にある部屋から出てきた。

　停止位置に停まる。

「今は一般人の立ち入りが禁止されています。すみませんがお引き取りを」

　ガタイの良い警備員が２人。圧に負けて引き返したくなるけど、そうはいかない。

「すみません。SCの交換作業で運ばれた端末を探していて、どうしても必要なんです。えっと、ドクターFからの依頼で！」

『ドクターFに連絡を繋ぎます』

　スマホからの音声に、目を丸くさせた警備員。

『グーテンターク！　どうしたどうしたノア・タチバナ君、なにか進展があったかね？』

　渇いた声が楽しそうに喋っている。

　その声に、警備員が慌ててどこかと通信している様子。

「あの、ドクターF、例の分裂を見つけたんですけど、それがハイシティのNゲートにある企業廃棄所なんです」

『監査が入ったとか、なんか連絡あった気がするねい。なーるほど、私からユカリちゃんには伝えておこう。重要な案件だからの、たとえ何があろうとひとつの分裂も捨ててはいけナイン。しーちゃんの未来に関わるのでな、よろしく！』

　ドクターFとの通話が終わると同時にゲートが開いた。

　警備員は会釈をして、赤い棒でゲートの奥へと誘導を始める。

「ドクターFって本当に凄い人なんだな」

『はい、あとでお礼を言わないといけませんね』

「全部集めてからな」

　俺は再び右ハンドルを捻り、企業廃棄所に急いだ。

　ゲートをくぐった先は、冷たいビルが窮屈に並んでいた。階層はせいぜい３階まで、首を痛めるほどの高さはなく、その代わり横に広い。

　気持ち悪いほど均等に建つ企業のビル。視界に映るだけで嫌気が差してくる。

『他の区域とは違う雰囲気ですね』

　呑気に写真を撮っている。

　直線を進めばやがて赤い棒を振る、別の警備員が見えた。

　もう１人、スーツを着た女性が冷たい印象を与える顔つきで俺を見ている。

　バイクを路肩に停めると、女性が俺に近づいてくる。

「貴方がノア・タチバナさん、ですね」

「は、はい」

　鋭く光るメガネの奥で冷えた眼差し、ショートカットの女性は俺を睨んでいる様。

「わたくし、監査員のユカリと申します。３分前にドクターFから連絡がありました。例の分裂が端末にいると、貴方が集める役目をしていると」

　どこか棘のある口調。

「は、はい、そうです、あの」

「監査中は本来立ち入り禁止ですが、重要な件ですので許可しました。だからといって監査を疎かにはできませんので、迅速に、お願いします」

「は、はぃ」

　圧が凄い、苦手かも。

『すぐに終わらせましょう。ノアさん』

　ホルダーに固定された中古スマホから聞こえた声に、ユカリさんは目線を動かす。

「しーちゃんは無事のようですね。どうぞ」

　警備員が鍵を開け、廃棄所へのゲートが開いた。

　中古スマホを手に取って、視線から逃げるように廃棄所の中へ走る。

「なんだよあの人、こわ。知り合い？」

『すみません、覚えていません。なんだかクールな感じがします』

「じゃあ記憶が戻ったら教えてくれ、直接はあんまり喋りたくない」

　企業廃棄所の中は、俺が知ってる廃棄所と全く雰囲気が違う。ゴミの山じゃない、高い屋根があって無駄に広い面積。ドミノみたいに列に並んでいるパソコンと、自動販売機、工場ロボット。

　識別番号が割り振られているみたいだ。

「うわバカ広い」

　あまりにも広すぎて、呟いただけでも声が響く。

　空中を漂う監視ドローンがライトを照らしている。プロペラの下部に何かを放出する、銃口のような細い筒がついている。

　安全を周囲に伝える緑のランプ。

『こういう時こそ名前を呼びましょう』

「えっ！？　いや、今じゃなくていいだろ。おーい！！」

『うーん……頑なですね』

　十分呼びかけだけで響いているから問題ない。俺は大声を出しながら端末を探す。

　俯く姿勢の工場ロボットの列は、どれも片腕が欠けているか、頭部が割れて機能しなくなった物ばかり。

「おーい！　どこだぁぁあ！！」

　こんなに大声を出すことがないから喉が痛くなってきた。

『電源が切られている可能性があります』

「マジかよ！　あぁクソ、この中から？　識別番号とか分からないし」

　面倒だけどパソコン全部の電源を入れてみるか……。

　パソコンの型が並ぶ列の電源ボタンを片っ端から押してみる。

　一瞬光るが、すぐに電力がないことを知らせる電池マークが出て、消えてしまう。

　次のパソコン、さらに次、次……次！！

　青い光が放たれた瞬間、

『――さん！！』

　知らない名前を必死に呼ぶ、女性の声が響いた。

「やっと見つけた！」

　俺は電源が切れる前にコードを差し込む。繋げると、スマホはいつものように真っ暗になる。

『待って！　お願い！！　彼に会わせてください！！』

　胸を痛めつけてくるような願いだった。恋愛なんて俺には分からない……それでも、彼女の「会いたい」という気持ちが伝わってくる。

「彼氏さんが、ごめん、って」

　そう伝えることしかできない。

『おね、が、き、えたく、な――』

　画面が、途切れながら消えた。

　コードを抜き、大きく息を吐き出す。

　スマホの画面が眩しい光を放ち、眩しさに瞼を閉ざしてしまう。

「大丈夫か？」

『……はい。無事に、繋がりました』

　声が震えている。

　この感情と記憶が、こいつをどう変えていくんだろう――。