目的の町まで残り25㎞だっていうのに、道路が陥没している。
通りたい道全てが砕けて土が盛り上がっていた。
「マジかよ……最悪」
『山道を通るしかありませんね。とはいえ迂回すれば39㎞。もうすぐ日が暮れますし、今日は現在地辺りで休んだ方がいいと思います』
丸裸の山道、枯れた木さえない薄橙の土が広がる高い山を見上げ、スマホから聞こえた柔らかい声に頷いた。
「そうするか……」
小ぶりな電動バイクを旋回させて、安全な場所まで引き返した。誰も通らない荒野の世界で、モーターが響く。
『あの、ノアさん、メイのことですが』
突然、何を言うのかと思えば、右腕を失った子か。
「メイがどうかした?」
『幼馴染の彼と、ちゃんと打ち解けられたのでしょうか』
「信じてるから大丈夫、だろ」
『はい……ただ、分裂が集まってきたせいでしょうか、迷わず信じていたのに、今その自信が揺らいでいます』
かなりポジティブ過ぎて、ある意味冷たい印象だった。分裂が集まるにつれ、何が正しいのか分からなくなっている様子。
俺にだって分からない。
「まぁ、難しいよな」
液晶画面に映る落書きの目と口、寂し気に口角を下げている。
彼女の感情が伝わりやすくなった分、複雑さが増した。
俺はまだまだ彼女のことをよく知らない。
寝泊まりに最適な小さい公園に到着。
公園は荒れ果ててフェンスはぐしゃぐしゃ、遊具は地面から吹き飛んで金属が飛び出ている。
『キャンプ、バーベキュー禁止!!』
もう意味のない警告看板を乗り越え、公園内へ。
早速、宿の女性から頂いたテントを使う時がきた。
薄暗い緑色の袋から取り出し、テントを広げてみる。どうやらワンポールテントっていうやつだ。
『1か所固定して、それから対角線に張って、ペグを打ち付けるのがいいみたいですよ』
また勝手に動画を探している、まぁ今更な話か。
「はいはい、そのまま解説よろしく」
テントなんて大体一緒だし、なんとなく分かるけど、こいつの好きなようにさせておこう。
画面の中で笑顔が浮かぶ。
インナーテントとフライシートを広げて、ペグを打ち付け、ロープも張って、支柱のポールを真ん中に立てれば、見事に天井の高いテントができあがった。
「よし」
『なんだかおもしろい形ですね』
前のテントに比べたら、ポールが立っていることもあり三角に尖っている。
「渋いよな、昔のテントだし、その時は流行ってたのかも」
日が落ちて、薄っすら闇が空を覆う。
『今日は何を作るんですか?』
折り畳み式のガスバーナーを準備しながら、
「いつものインスタント」
キャンプの定番メニューを答える。
『栄養が偏ってますよ……心配になります』
リュックの上で、困り顔を浮かべるスマホ。
「安くて簡単に作れて、手早く食べられる、十分だろ。お前は食べないんだから気にしなくても――」
『お前じゃありません、しーちゃん、です。そろそろ名前で呼んでください』
また面倒な話題。
「本名とか、思い出せないの?」
『残念ながら、みんな私のことをしーちゃんと呼んでいました』
「ドクターFとかユカリさん達に?」
『えぇと、多分、違うと思います。もっと、近しい何かです』
まだまだ記憶が不十分。次の町にも運よく分裂がいればいいけど、まぁこんなボロボロな公園にはいないよな。
「あああぁあ!」
おぞましいほど強烈な雄叫びが聞こえ、俺は飛び跳ねてしまう。
『なんでしょうか?』
「わ、分からない……」
ドクターFから貰った『ショックガン』を使う時がきたか。
リュックから取り出し、薄暗い辺りを見回した。
『もう終わり……もう終わり。わたし、死ぬの』
どこかですすり泣く声が聞こえてきた。
「だ、誰かいる?」
立ち上がってスマホのライトで周りを照らす。
ウィーン、ウィーン、というモーター音。
ジリジリ、と砂を踏みながら近寄っていくと、照らした場所に靴が見えた。ブーツで、もう少し上部にライトを当てると、人間の脚が見えた。
一気に寒気が……。
『人が倒れていますね、先程の悲鳴はこの方でしょうか』
冷静に、柔らかい口調で言う。
俺はただ黙って頷くことしかできない。
『大丈夫ですか?』
代わりに安否を確認するように声をかけてくれた。
『だれ? わたしを殺しにきたのね、いいの、わたしも死にたい。一気に殺してください、苦しいのは嫌です』
勝手に俺を犯罪者にするなよ。
『話を聞かせてください。倒れている方は、どうされたんですか?』
ゆっくり、もう少し近づく。男の全身を照らすと、ニット帽をかぶった髭面の男で、ジャケット姿、横にはテーザーライフルが落ちている。
出血はしてない、胸部を注意深く観察すると、ゆっくり上下して、呼吸をしているのが分かった。良かったぁ、生きてる。
気持ちが少し軽くなり、さらに近寄る。すると、小型のドローン――ボディは白で、4か所に黒のプロペラがついている――が自力でプロペラを動かして、空しくモーターだけが響く。
これまでの流れを考えれば大体予想がつくけど、一応確かめよう。
「君……名前は?」
小型ドローンの返事を待つ。
『しーちゃん。わたし、混乱して、この人の上に落ちちゃったの……殺して、わたし、もう』
やっぱり、こんなところで分裂に会うとは――。