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第22話 悲しみ

 目的の町まで残り25㎞だっていうのに、道路が陥没している。

 通りたい道全てが砕けて土が盛り上がっていた。

「マジかよ……最悪」

『山道を通るしかありませんね。とはいえ迂回すれば39㎞。もうすぐ日が暮れますし、今日は現在地辺りで休んだ方がいいと思います』

 丸裸の山道、枯れた木さえない薄橙の土が広がる高い山を見上げ、スマホから聞こえた柔らかい声に頷いた。

「そうするか……」

 小ぶりな電動バイクを旋回させて、安全な場所まで引き返した。誰も通らない荒野の世界で、モーターが響く。

『あの、ノアさん、メイのことですが』

 突然、何を言うのかと思えば、右腕を失った子か。

「メイがどうかした?」

『幼馴染の彼と、ちゃんと打ち解けられたのでしょうか』

「信じてるから大丈夫、だろ」

『はい……ただ、分裂が集まってきたせいでしょうか、迷わず信じていたのに、今その自信が揺らいでいます』

 かなりポジティブ過ぎて、ある意味冷たい印象だった。分裂が集まるにつれ、何が正しいのか分からなくなっている様子。

 俺にだって分からない。

「まぁ、難しいよな」

 液晶画面に映る落書きの目と口、寂し気に口角を下げている。

 彼女の感情が伝わりやすくなった分、複雑さが増した。

 俺はまだまだ彼女のことをよく知らない。

 寝泊まりに最適な小さい公園に到着。

 公園は荒れ果ててフェンスはぐしゃぐしゃ、遊具は地面から吹き飛んで金属が飛び出ている。

『キャンプ、バーベキュー禁止!!』

 もう意味のない警告看板を乗り越え、公園内へ。

 早速、宿の女性から頂いたテントを使う時がきた。

 薄暗い緑色の袋から取り出し、テントを広げてみる。どうやらワンポールテントっていうやつだ。

『1か所固定して、それから対角線に張って、ペグを打ち付けるのがいいみたいですよ』

 また勝手に動画を探している、まぁ今更な話か。 

「はいはい、そのまま解説よろしく」

 テントなんて大体一緒だし、なんとなく分かるけど、こいつの好きなようにさせておこう。

 画面の中で笑顔が浮かぶ。

 インナーテントとフライシートを広げて、ペグを打ち付け、ロープも張って、支柱のポールを真ん中に立てれば、見事に天井の高いテントができあがった。

「よし」

『なんだかおもしろい形ですね』

 前のテントに比べたら、ポールが立っていることもあり三角に尖っている。

「渋いよな、昔のテントだし、その時は流行ってたのかも」

 日が落ちて、薄っすら闇が空を覆う。

『今日は何を作るんですか?』

 折り畳み式のガスバーナーを準備しながら、

「いつものインスタント」

 キャンプの定番メニューを答える。

『栄養が偏ってますよ……心配になります』

 リュックの上で、困り顔を浮かべるスマホ。

「安くて簡単に作れて、手早く食べられる、十分だろ。お前は食べないんだから気にしなくても――」

『お前じゃありません、しーちゃん、です。そろそろ名前で呼んでください』

 また面倒な話題。

「本名とか、思い出せないの?」

『残念ながら、みんな私のことをしーちゃんと呼んでいました』

「ドクターFとかユカリさん達に?」

『えぇと、多分、違うと思います。もっと、近しい何かです』

 まだまだ記憶が不十分。次の町にも運よく分裂がいればいいけど、まぁこんなボロボロな公園にはいないよな。


「あああぁあ!」


 おぞましいほど強烈な雄叫びが聞こえ、俺は飛び跳ねてしまう。

『なんでしょうか?』

「わ、分からない……」

 ドクターFから貰った『ショックガン』を使う時がきたか。

 リュックから取り出し、薄暗い辺りを見回した。


『もう終わり……もう終わり。わたし、死ぬの』


 どこかですすり泣く声が聞こえてきた。

「だ、誰かいる?」

 立ち上がってスマホのライトで周りを照らす。

 ウィーン、ウィーン、というモーター音。

 ジリジリ、と砂を踏みながら近寄っていくと、照らした場所に靴が見えた。ブーツで、もう少し上部にライトを当てると、人間の脚が見えた。

 一気に寒気が……。

『人が倒れていますね、先程の悲鳴はこの方でしょうか』

 冷静に、柔らかい口調で言う。

 俺はただ黙って頷くことしかできない。

『大丈夫ですか?』

 代わりに安否を確認するように声をかけてくれた。


『だれ? わたしを殺しにきたのね、いいの、わたしも死にたい。一気に殺してください、苦しいのは嫌です』


 勝手に俺を犯罪者にするなよ。

『話を聞かせてください。倒れている方は、どうされたんですか?』

 ゆっくり、もう少し近づく。男の全身を照らすと、ニット帽をかぶった髭面の男で、ジャケット姿、横にはテーザーライフルが落ちている。

 出血はしてない、胸部を注意深く観察すると、ゆっくり上下して、呼吸をしているのが分かった。良かったぁ、生きてる。

 気持ちが少し軽くなり、さらに近寄る。すると、小型のドローン――ボディは白で、4か所に黒のプロペラがついている――が自力でプロペラを動かして、空しくモーターだけが響く。

 これまでの流れを考えれば大体予想がつくけど、一応確かめよう。

「君……名前は?」

 小型ドローンの返事を待つ。

『しーちゃん。わたし、混乱して、この人の上に落ちちゃったの……殺して、わたし、もう』

 やっぱり、こんなところで分裂に会うとは――。

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