「すまない、うちのリーダーが迷惑をかけてしまったな。いつも1人でふらふらしてるから、困ってたんだ。しかしまさか、こんなところで会うとはね、シルバーシティへの道のりは順調そうだな少年」
パトロール隊に運ばれていくリーダーは今も気絶中だ。
「はい、なんとか……」
「だが山には注意したほうがいい、不良ロボットが複数いると噂が立っている」
「え、またロボットですか?」
ドウザンさんは力強く頷く。
「前のように暴力事件はないが、山道を通るとすすり泣く声が聞こえるんだと、偶然通りかかった商人達はお化けだって騒いでいる」
うわぁ、すすり泣くってまさにこのドローンのことじゃないか。
「十分気を付けるように、少年。それでは失礼する」
ワンボックスカーが真夜中を照らしながら、遠くへと走り去っていった。
ひと段落ついて、ふぅ、と息をつく。
テント内に戻って小型ドローンにもう1回声をかけてみる。
「なぁ、お前の本体はどこにいるんだ?」
『…………』
『ノアさん、あの、少し時間を空けた方がいいです。答えにくいことかもしれません』
「はいはい、分かった」
ここは彼女にまかせよう――。
早朝、
『ノアさん、ノアさん朝です起きてください』
中古スマホから聞こえた柔らかい声に起こされる。
「う、うぅ……あぁー」
朝はうまく声が出ないけど気持ちは、おはよう。
『おはようございます。分裂の子はもう起きていますよ』
そもそも眠ることってあるのか。
痛いし、あんまり眠れなかった。
寝袋から這い出て、ゆっくり体を起こす。
テントの外は小さなボロボロの公園。フェンスはぐしゃぐしゃに、遊具は土から剥き出しに倒れ、錆び切っている。
さらに外側は、緑のない廃墟の建物やひび割れた舗道と機能していないへし折れた信号機。
山は枯れた木もない薄橙の土が露出している。
世界は終わった。そんな気分になるほど誰もいない。
例の小型ドローンは一切喋らず、
「おはよう」
挨拶しても反応してくれない。
念の為、小型ドローンを持ち上げ、色んな角度から観察してみる。
『どうしたんですか?』
「いやぁ、何か武器とかついてたら怖いなって」
『…………わたしは、なにも、していません』
悲しみ暮れながら分裂が声を震わす。やっと口を開いてくれた。
『怖がらせてはダメですよ、ノアさん』
同じ声の奴らに挟まれ、肩をすくめる。
テントを片付けて、電動バイクの荷台にまとめて積む。
ドローンをリュックに縛って固定させて、出発。
いざ裸の山道へ。モーターを始動させると、静かな電子音が響いた。右ハンドルを捻れば、一気に加速。
斜面ひたすら進み、頂上付近に差し掛かる。
道沿いに小屋があった。かなり廃れた感じで、窓ガラスが割れ、扉は地面に落ちていた。屋根には穴が開いている。
「なんだここ……」
『ぐす、うぅぅぅ……』『ぐす、うぅぅぅ……』
小屋の中から、小型ドローンからすすり泣く声が、同時に聞こえてきた。
ここに本体が、いる? 電動バイクを路肩に寄せて、ゆっくり小屋に近づく。
念のため、ショックガンを握りしめる。
扉のない小屋の真ん中に、ぽつん、と座る人影が見えた。
慎重に、入り口から中の様子を覗く。
麦わら帽子を深くかぶった人型ロボットで、割れた窓に体を向けている。
俺から見れば横顔で、ロボットはプラスチックの皮をかぶっていて、より人間に近い造形だ。
「あれが、本体かも」
『ノアさん、十分に注意してください』
「分かってる」
小屋の中へ、つま先から踏み込んだ、乾いた音がミシミシ鳴る。
家具が一切なく代わりに、裂けた金属の皮膚から配線を剥き出しにした人型ロボットが倒れていた。
四肢の一部が欠損している状態で、少し黒焦げになってる。
「……」
『友達――だったの』
「友達?」
麦わら帽子をかぶった人型ロボットから音声が聞こえた。
『いきなり撃ってきたの……容赦なく友達を、殺した』
怒りよりも深い悲しみに暮れている。痛いほど胸を突く震え声。
ゆっくり、こちらに顔を向けた。
「え――」
顔の縦半分が破損している。プラスチックの皮が高温によって剥げ、内部の配線が途中で千切れて、剥き出しになって電気が漏れている。バチバチと火花を散らす。
『……助けてください……』
『酷い怪我、誰にやられたのですか』
『……助けて、寂しい、辛い――』
俺達がどれだけ言葉をかけたって、この分裂は何も教えてくれない。ただ自分が悲しいことだけを、孤独に呟く。
「回収しよう。じゃなきゃずっと悲しいままだ」
『ですが、ノアさん』
「この子も、お前の一部なんだろ」
『受け入れたくないんです。ぐるぐると、気持ち悪い。回収した時、どうなってしまうのか、分からないのです』
『お願い、助けて――私、な、なき、泣きたい』
分裂の願いを叶えられる方法は、ソケットに手を伸ばすしかない。
『ま、まだ待ってください!」
コードを繋げる寸前で手を止めた。
「あのな」
『すみません、でもまた不快な思いをしないといけないのが、とても、嫌なんです』
スマホをポケットから取り出すと、液晶画面は砂嵐のように荒れていて、落書きの顔が見えない。
「悲しい気分になったら、いくらでも話を聞く、だからこの子を助けてやらないと」
『ですが』
「泣きたいって、どういうことか分かるか?」
『いえ、分かりません』
「人間に戻りたいんだよ」
画面は徐々に落ち着き、眉を下げた落書きが浮かび上がる。
俺はゆっくり、ソケットにコードを接続する……――。
『ありがとう――』
悲しみから解放されたかのように、優しく感謝をする声が、聞こえたような気がした。