『……』
「落ち着いた?」
ポケットから中古スマホを取り出し、暗い画面に話しかける。
少し画面が荒れながらも、ペンで書いた口と目、そこに書き加えられた眉が映像化された。
『なんだか痛いです。寂しさに圧し潰されそうな……感情がぐちゃぐちゃです』
「そっか」
『ノアさん』
「なに?」
小ぶりな電動バイクに跨る。
スマホをホルダーに固定し、モーターを始動させた。
落書きの目からポロポロ、と涙のエフェクトが零れている。
『さっきの、信じていいですか?』
「いいよ。もう今さらだけど、ちょっと増えたぐらい大したことない」
『……はい、うんざりするぐらい聞いてくださいね』
笑顔を浮かべる画面に、俺は小さく鼻で笑い頷いた。
「目的の町に着いたらドクターFに一度連絡入れるか」
『はい』
右ハンドルを捻り、バイクを走らせた。
あとは下り坂が続く山道。緑なんてものはなく、山から臨める荒れ果てた世界に木々や植物は見つからない。点々とある、町、と呼ばれる場所だけ。
『ノアさん』
「うん?」
『私には、両親がいるようです。都会のような、大きな場所で暮らしていると』
「ふーん……ニュータウン?」
『いえ、また別の町だと思います。私はいつも広い部屋にいて、いつも1人なんです』
「寂しいな」
大きな町の広い部屋、富裕層なんだろうか。
『なんでもあったんです。美味しい物、遊べる物、勉強できる物。なのに、いつも寂しい気持ちばかりで何があったのか、よく分かりません』
一生、俺には分からない悩みだろうか。金と食事、寝る場所を探し求めている俺とは違う世界。
何気なく、景色に首を動かすと、空中を飛ぶ1機のヘリが見えた。周りなど眼中になさそうに、ヘリはどんどん前へと飛んで行く。
『ヘリコプターなんて珍しいですね。写真撮りたいです』
「今走ってるから無理。停めてる頃にはもう遠くなってるっての、あーそうだ、日記でもつけたらいいんじゃない」
『日記、メモ機能を使ってもいいんですか?』
「今まで好き勝手いじってたんだ。今更なにも言わない」
『ありがとうございます!』
にっこり、と落書きが明るくなる。
廃墟の建物が続く舗道に戻り、へし折れた信号機と機能しない街灯や標識を避けつつ町を目指した。
高架下をくぐり抜けてしばらく直線の細い道路を進んでいくと、緩やかな上り坂が出てくる。
他の町と同様、壁もなければゲートもない町が見えて、ようやくホッと息を吐く。
緩やかな上り坂が終わると同時に、やっと安心できた気持ちが一瞬で奪われてしまう。
コンテナハウスで、開けっ放しのサービスセンターがある。
近くにはヘリが停まっていて、操縦士が休息に煙草を吸っている。
作業着の店員、それからスーツを着た女性もいた。
ショートカットの髪に鋭いメガネとレンズの奥に潜む冷めた目つき。間違いなく、俺達を睨んでいる。
「……」
まさか、こんなところで、もう再会することになるとは……――。