目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第26話 寂しさに埋もれないように

 電動バイクをサービスセンターの近くに寄せて、重い気分で降りた。

『ユカリさん、でしたね』

 あの冷たい目つきと硬い表情筋が浮かび上がる。

『悪い人ではない気がします。気にかけてくれる方だったような……気がします』

 曖昧な記憶の中で思い浮かぶユカリさんの情報を、スマホの中にいる彼女は呟いた。

「そうであってほしい」

 スマホを手に持ち、渋々とサービスセンターの入り口で待つユカリさんのもとへ。

「こんにちは、ノア・タチバナさん。分裂の回収は順調でしょうか?」

 微笑むわけでもなく棘のある口調で訊ねてくる。

「こ、こんにちは、回収は、順調です」

『こんにちわ、ユカリさん』

「しーちゃんも元気そうで、ドクターFが貴方の連絡を待っています」

 入れ、と言わんばかりに誘導するユカリさんに、恐る恐るついていく。

 客が利用する端末コーナーではなく、スタッフしか入れない部屋へ案内された。

 管理室と書かれた部屋には、巨大なモニターが置かれている。

『おぉータチバナ君、元気そうで安心安心、しーちゃんの進行状況もどうかな?』

 モニター画面にはイスに腰掛けるドクターFが表示されている。

 ハリネズミのような髪型で俺よりも背が低いドクターFはニコニコと笑う。

「ども、なんとか回収できてます」

『こんにちはドクターF。ノアさんのおかげで順調です』

『うんうん、いいことだ。それでしーちゃん、何か思い出せたかい?』

 彼女は、分裂の回収により自分が人間だということ、親がいて何不自由なく暮らしてきたことを思い出した、と説明した。

 ドクターFは腕を組み、何度か軽く頷くと、

『思っていたより分裂の回収は早く済みそうだの。かるーく、2人に伝えておこう』

 真面目な顔つきで画面を見つめる。

『しーちゃんの言う通り、体は今シルバーシティの病院で眠っておる。いわゆる昏睡状態といったところか。事故でな、すぐに病院へ搬送されたまではよかったが、医療物資が足りず、オペをしようにも動けない。しかも届くのは2、3日後、そんなの待っていたら死んでしまうだろう?』

 そりゃそうだ、黙って頷く。

『そこでこの私が呼ばれたのだ。まだ実験中だった意識をネットに繋げて隔離するという、麻酔なくオペが可能なものを、ご両親が藁でもすがる思いで頼んだ』

「意識をネットに飛ばすって、なにその未来的な技術」

 俯くドクターFはどこか悲し気に眉を下げた。

『まだ世界にも発表しておらん極秘技術さ。ネットに意識を移し、オペも問題なくできたが、戻す時にエラーが起きたのだ。今もご両親は毎日病院に通い、いつか目覚めることを願っておる。それもあと少し』

「い、いやでも、はっきりどこにあるか分からないのに、今までは運よく見つけられただけで、次はもっとかかるかもしれないし」

 ドクターFは、安心しなさい、と頷く。

『その点は安心してくれい。ささ、スマホをパソコンに繋げておくれ。君達が分裂回収をしている間に便利なアプリを開発したんでね』

 俺はコードをパソコンに繋げ、スマホにも差し込んだ。

 すると、スマホの画面は真っ暗になる。インストールをしている表示もなく、この感じは分裂に繋げた時とそっくりで、少し不安になってしまう。

『あーあーしーちゃん、しーちゃん!』

 ドクターFはマイクテストの要領で声をかけた。

 インストール中だからか、返事はない。

『よし、しーちゃんには聞こえてないな。タチバナ君』 

「はい?」

 優しそうな眼差しを送るドクターF。

『実はね、分裂回収とは別のこともお願いしたくて……もっちろん報酬は弾もう!』

 変なことじゃなければいいが……。

「えーと、どんな内容、です?」

『しーちゃんの思い出作りを手伝ってあげてほしい』

 は? 皮膚が少しだけ歪んだ。片眉だけ上に引っ張られる。

『実は、しーちゃんの意識が肉体に戻ると、これまでの記憶を失う可能性が出てきたのだ』

 まるで自分のことのように愕然としてしまう。

「そ、それじゃあ……思い出を作る意味なんて」

『ある。記憶と思い出は別のものとして捉えてほしい。タチバナ君と旅をして、話をして過ごすことに、すごーく意味がある。以前のまま肉体に戻ったところで同じことを繰り返すだろう。下手をすれば本当にしーちゃんは死んでしまう』

 また繰り返す? 事故だったのに?

『君との思い出が、しーちゃんの支えとなる。例え君のことを忘れてもね、あぁそれと、しーちゃんには内緒にしといておくれ』

「ちょっと待って、あの、事故って、同じことになるってどういう意味ですか?」

 ドクターFは画面から目を逸らして、苦く顔を歪めて唸る。

『……直接見たわけじゃないのでな、ハッキリ言えんが……報告書によると、自ら飛び降りたとか。精神的孤独からの視野狭窄が原因では、と』

 スマホは眩しい真っ白な光を放ちだす。

『新しいアプリは、しーちゃんの分裂の記憶をもとにネット構築した物で、近くなると分裂の存在を知らせてくれる便利な物。それを活用して回収を頼んだよタチバナ君。それではグッドラック!』

 ドクターFが映っていたモニターは一面灰色の壁紙だけとなり、通信が終わったことを知らせる。

『アプリがインストールされたみたいです。ノアさん、これで順調に他の分裂を探せますね』

 明るい彼女の声が聞こえ、俺はホッとしている。虚しさもある。

「……あぁ」

 どう声をかけたらいいのか分からず、スマホの画面に微笑んでみせた。

『ノアさん、どうされました? なんだか寂しそうですよ』

 スマホの中に浮かび上がる線で作った落書きみたいな眉と目、口。

 俺が不安になったらダメだろうに、しっかりしろ。

「んなわけないだろ。ほら、終わったんだからさっさと行くぞ」

『はい。次はどこの町に行きましょう、色んな人に会えるのがとても楽しみです!』

「はいはい、喋りすぎるなよ」

 俺はスマホを手に取り、彼女の話に相槌を打った……。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?