「――いったいあれのどこが『お嬢とイイカンジ』という解釈になるんだ?」
『そのとき』の様子を振り返ったラウルが、眉間にしわを刻み、『朋友』の胸倉をつかんだ。
「あれ? バルコニーで抱き合ったりしてなかったけか?」
荒っぽい状況にも関わらず、ジオットの口元には笑みが浮かんでいた。
「するわけないだろう! というか、どこかで見ていたのか?」
思わず大声を張り上げてしまい、周囲を見回す。
幸いにも、周囲にはこちらの動向を伺っている人物はいなかった。
「おまえさあ、お嬢様の安全を確保するのも仕事のうちなんだろ? こいつが侵入してたことに気づかないって時点でアウトなんじゃね~のかな~って」
見せてきたのは掌サイズの蜘蛛――タランチュラだった。
「―――⁉ な……」
「こういうのが近くでうろついてるのにノーマークってのは、いただけねえな~、執事くん?」
リードのように本体から伸びた糸をびよんびよんと振りながら、ジオットが言った。
不自然に大きな目玉が二つ付いている――それがカメラの役割を果たしているのだろう。
「悪趣味な玩具を作るな」
ラウルが不愉快そうに眉をひそめ、それを指で弾いた。
「玩具じゃねえよ。立派な仕事道具だ。だから、おまえの動向を知ってたんだよ」
「こいつで観察してたってわけか?」
ラウルが蜘蛛型偵察機を奪い取り、容赦なくそれを握り潰す。
無残にも破片が飛び散った。
「あああああ! おい、これ作るの結構~苦労したんだぞ? なんてことすんだよ!」
「他人を盗み見するような悪趣味な玩具なんて作るからだ。そんなことより――」
「こいつを使って侵入経路を探ろうと思ってたのに……おまえの所為で作戦が台無しだ~~~。ぉおおおおおっ」
地面に散らばった残骸の前に崩れ落ち、滝涙を流した。
「――だったら、ひけらかさずに大事に隠し持ってろ。……あのマンションでいいんだな?」
ラウルが大通り沿いにある、ツツジに囲まれた小ぎれいなマンションを指さした。
「……驚いたな。もう警察っぽい連中がうろうろしてやがる」
制服を着た者は数名だが、中には私服警官も居そうだ。
「だが、却って好都合だ……あの二人組がちょうどいい」
「了~解……あ~~~、でもちょっと右側の、デカすぎないか?」
マンションの傍らに生えているガジュマルの樹の前に居るやる気のなさの漂う、ふたりの制服の警官を指さし、ジオットは顔をしかめた。
「贅沢言ってる場合じゃないだろう。隙を見て……やるぞ」
ふたりは頷き合い、二人組の警官に接近すると、後ろからこっそりと電流が流れる獲物を当てた。
「ふぉっ」
短い悲鳴を上げて、倒れたところを樹の影に引きずり込むと、電光石火の勢いで衣服をはぎ、縛り上げてツツジの樹の中に隠した。